1-5・教育
正直、クロウと若者の対決なんて興味はない。
どうせクロウが勝つに決まっているのだから。
でも、支部長命令で『全員移動』なんて言われたら、従わないわけにはいかない。
ただ、クロウが負けようものなら、私が『元魔女狩り』を恐れる要素がなくなるのでありがたいことだ。
それに、今後私の正体がバレた時、逃亡するためのヒントが得られるかもしれない。
……クロウが若者相手に本気になるとは思えないが。
なので、あまり気は乗らないが、見ておく価値は一応あるかもしれない。
リィンに連れられて到着した野外訓練場は、私が端から端までダッシュしようものなら、途中でギブアップするほどの広さだ。
……私の体力が貧弱なだけというのもあるけど。
それに、野外なので当たり前だが、陽の光が燦々と降り注いでいる。
もしずっとこの場にいたら、私の美しい肌がこんがりと焼けてしまいそうだ。
ただ、私が開発する魔術は違法なものばかりだから、こんなところで試射とかしない。
加えて、屋外訓練なんて絶対嫌なので、私には用無しの場所だ。
そんな眩しい訓練場の中央にクロウと若者は対峙する。
それを私は、できるだけ日陰の場所で静観することにした。
……木の上とかいいかな。
そう思って浮遊魔法で浮き上がり、その枝に座ろうとしたところで……
ぎゅむ……
「あら、ごめんなさい」
「いや、私こそ」
同じ考えを持った同士(女性ばかり)が、同じように木の枝に腰を下ろしたのだ。
……はたから見ると、巨大な鳥が集まっているように見えるだろうか?
「制限時間はなし。相手を屈服させたほうを勝者とします。
ただし、これはあくまで訓練であり、命のやり取りではありません。
強者が弱者に『訓練を施す』のです。
さぁ、始めなさい」
リィンは二人にそう告げると下がり、日傘の下で二人の……いや、これから起こるクロウの『教育』に目を光らせる。
「『訓練の施し』どころか、引導を渡してやるよ。
もうおっさんの時代じゃねぇ。
おっさんは田舎に帰って、オレら若者が作った平和な時代で、静かに暮らすのがお似合いだ!」
……なんか言葉だけ聞くと、ちょっといいこと言ってる感じに聞こえるな。
あの下卑た笑みさえなければ。
「平和な時代はいいよな。
それにおっさんもね、静かに暮らしたいところなんだ。
でも、この年で無職っていうのも格好つかないからねぇ。
だから、今後とも仲良くできる仕事仲間になってくれるとありがたいんだが」
「無職のままでいろよ!」
欲望にまみれた若者の心では、クロウの言葉は響かないらしい。
若者は腰の獲物を引き抜く。
柄の大きさからして狩猟刀ぐらいだが、肝心の刃がついていない。
あれは鞘の中に置き忘れたとかいう間抜けな展開ではなく、魔導ナイフという攻撃魔術だろう。
単純に魔力の刃を生み出して刃先を伸ばす程度のもの。
しかしこれが意外と厄介で、目や勘が戦闘に慣れたころ、ナイフの射程が伸びるという、相手の油断に付け込む魔術だ。
それと、刃先は魔力なので魔力を調整すれば相手の命を奪うことはないが、あの血走った目で魔力を調整できるのかな?
私の予想は的中したようで、クロウに斬りかかる寸前で出現させた魔力の刃は、とても手加減されたものには見えない。
一方のクロウは落ち着いた様子で、迫り来る若者相手に一歩前に出た。
……ように見えた瞬間、若者の魔導ナイフを紙一重でかわすと同時に、クロウの肘が若者の喉の寸前で止まっていた。
ただ、若者が極端に弱いわけではない。
威勢を張るだけあって動きは速く、攻撃も的確だ。
もし私が何の準備もできていなかったら、あっさりとやられている。
「魔導ナイフだと行動パターンがわかりやすいから、もっと意表をついた方がいいね。
あと、かわされた時のことを考えておかないと」
クロウは言いつつ若者の腕を、とん、と軽く叩く。
「切り落とされる上に、魔導ナイフまで持っていかれるよ」
身体能力の差が歴然すぎる。
クロウは魔術どころか、身体強化魔法も一切使わない、素の状態で若者の動きを圧倒しているのだ。
「こんのじじい!」
「そ。じいさんは大きく動くと、すぐ疲れちゃうからね。
最小の動きで最大限の効果を出すのさ」
若者はカッとなってクロウに攻め立てるが、全ての攻撃が紙一重でかわされた上に、的確な反撃を寸止めされている。
これが実戦なら、若者は10回はこの世を去っている。
まさに『訓練の施し』だな。
そんな圧倒的な光景を見たリィンは、満足そうにニヤニヤと笑っていた。
「さ、訓練はここまでにして、支部長の講習を受けようじゃないか。
そんでもって、これからは仕事仲間だ」
クロウはそう言いつつ右手を差し出す。
「く、くそおおおお!」
だが若者はそれに応じない。
それどころか、クロウの言葉は若者にとっては全て煽りに聞こえるのか、怒りに任せて突っかかろうとする。
もはや子供だな。
そこでクロウはちらりとリィンの方に視線を向けると、リィンは小さく顎をくいっと上げた。
終わりかな。
クロウは迫る若者を軽くかわし、足を払う。
すると若者はわずかに空中に浮く。
「ほら、飛行魔法で逃げないと、空中は無防備だぞ」
そこにかぶさるように、クロウが今回唯一魔力を込めた拳を上空から突き刺す。
それは耳をつんざくような大きな衝撃音を上げ、殴られた地面には大きなひび割れができていた。
若者の顔の横。
それを見た若者は青ざめ、明らかに戦意を喪失している。
……やっぱり『魔女狩り』に関わるものじゃないな……
あんなの、私の全力魔力防御でも防げないぞ……
「そこまでね。
さぁ、講習は予定通り講堂で行います。
みなさん、移動してください」
リィンは一瞬満足そうな表情を浮かべてから立ち上がる。
そして、指示を出して建物内へと入っていく。
……それにしても、私の正体がバレた時の逃亡方法なんて思いつかなかったな。
バレた時点で終わりだぞ……
あー、イヤダイヤダ……あんなやつと職場が同じなんて……
私が少し鬱になりながら木の上から降りてくると、ちょうどクロウが目の前にやってきた。
「おっさんなのに、あんな攻撃なんてしたら腰を痛めるんじゃないのか?」
私は『おまえなんかにビビってないぞ』と言わんばかりに、軽口を叩いた。
「はは。そうかもしれないから、おっさんはもっと適度な運動ができる程度の仕事をしたいもんだな」
クロウは言いつつ、私の軽口に乗っかって腰を叩きながらそう言った。
「で、最後の攻撃は身体強化魔法か? それとも特殊な破壊魔法でも使ったのか?」
クロウの存在は私にとって死神でもあるが、それと同時に貴重な『素材』でもある。
適度な距離をとって、適度に仲のいいふりをしつつ、情報を抜いていく作戦だ。
「えぇ? 秘密秘密。でも、若者ががんばってたらおっさんも指導してやるかもよ?」
ち。すんなり教えろよ……
「あー、じゃあ、休日にでも私が買い物とかに付き合ってやるよ。若いおん……な……」
「どうした?」
……やば……これ、禁句だった……
建物に入っていったはずのリィンが、私に向かって嫉妬(殺意)の視線を向けていた……
「お。支部長殿が早くこいってさ。
行こうぜ」
「お、おぉ……」
……本当、このおっさんは戦力特化だな……
もうちょっとリィンの気持ちに気付いてやれよ……
今回のことでクロウの株は上がっただろうから、話しかけてくる女性は必ずいるはずだ。
……そのうち、何人か姿を消してそう……




