9.
五月中旬
最初に取り決められたスケジュールは、若干の修正を加えながらも上手く行っていた。例えば、こんな感じに。
月曜日の朝、もう雪はすっかり融けていたので雪かきはなし。僕と鎌谷は六時に起き、二人で庭に出て、虫に気をつけながら朝の体操を行うことが習慣になっていたが、その日は朝から快晴だった。ここ数日続いていたぐずついた天気によって、洗濯物が溜まっていたので、僕は洗濯機に洗剤を入れ、スイッチを押してから靴を履いた。こればかりは、鎌谷はいつも洗剤の量を間違えるので、僕の仕事となっていた。
「はよっす」
「おはよう」
ラジオから流れる音楽に合わせて、十分間の体操をして、家に入る。一階の窓を開け放ち、鎌谷はコーヒーを、僕は朝食の支度を始める。
トーストの好みは、ばらばらだった。僕と鎌谷は六枚切を一人一枚半、野島は四枚切一枚の分厚いトーストを好むので、一度に二枚焼けるトースターに、まずは六枚切のものを二枚入れ、スイッチとなるレバーを下げる。
今日のトーストの付け合わせはベーコンとミニトマト。野島がここに一人で住むようになってからは、彼女自身は使っていないと言っていたが、料理が得意だった彼女の母親が愛用していたオーブンを一九〇度に予熱。クッキングシートに、塊から気持ち厚めに切ったベーコンを一人二枚ずつ、計六枚をオーブンに入れてからは十五分にセット。それとは別に、もう一枚切り落とし、これは別にとっておく。
その間に、スーパーで買ったミニトマトを水洗いし、これは一人三個ずつ。ヘタを取った方がいいか否かを、お嬢様である彼女に聞いたことがあるが、彼女はその辺は気にしない、との回答だったので、見た目も彩りよく、食べられる部分ではないけれども、一色でも多く並べよう、ということから、いつもヘタを付けたままお皿に載せていた。
二枚のトーストが焼き上がると、次には六枚切を一つと、四枚切のものを一つ、トースターへ。
やがて、オーブンからのベーコンの香りと、サイフォンからのコーヒーの香りが、外からの森の匂いと入り交じり、いかにも「森の中の家の朝食」という雰囲気が漂い始める。
「あー、お腹空いた」
「空いたね」
「お前の焼くベーコン、いつもカリカリ度合いがちょうどよくて美味しいけど、そうやって焼くのがいいの?」
「色々焼き方はあるけどね、調べた限りではこれが一番いいらしい。せっかく地元産の食材で加工されたベーコンなんだ、一番美味しい方法で食べないともったいない」
「さっすが。作り方教えてよ、少しは手伝いたいし」
「包丁で手をケガしないことが約束できるなら」
「へいへい」
オーブンが鳴り、コーヒーができあがったところで、階上から扉が開く音と、にゃお、と猫の鳴き声がしてくる。彼女より先に、お腹を空かせた「みい」が、器用に階段を降りてくる。
「みゃお」
「おはよう、みいちゃん、と、愛香さん」
「おはよー」
「おはようございます……」
彼女は朝には弱いそうだが、絵を描くのに熱中し、不規則な生活をしていると体調を崩してしまいがちなので、愛猫を自分の寝室で寝かせ、彼女が夜明けと同時に、ベッドで寝ている飼い主の身体をふみふみして起こすのに従っているという。
寝ぼけ眼でも、日々のルーティンはしっかりとこなせるらしい、自分の身支度をするより先に、流しの下から国産で無添加の高級キャットフードを、冷蔵庫から猫用ミルクを出し、いつも清潔な、これまた高級ペット用品ブランドの、白地に花柄の二つの皿が置いてある定位置でお行儀良く待つ「みい」の元へ。この猫は賢い、犬のように「待て」ができる。「待て」と愛香が言うと、彼女がキャットフードをザザザ……と皿に注いでも、その横からすぐに食いつくことはせず、それから彼女がミルクをもう一つの皿に入れている間も、優雅な雰囲気を漂わせながら待っている。
「みい、どうぞ」
彼女がそう言ってようやく、お嬢様猫はそれらしく食べ始める。空腹であろうにも関わらず、がつがつと食べるのではなく、丁寧にフードもミルクも、周りの床をほとんど汚すことなく完食。
「にゃお」
ごちそうさま、という感じで、ちょうどそのタイミングで「みい」に近付いて僕に言うが、今日はとっておきのおまけが付いている。食べやすいように、小さく切り分けたベーコンだ。鶏肉を好む猫も多いらしいが、お金持ちの家で育てられた「みい」はグルメだ、鶏のささみも食べるが、牛肉や豚肉もよく食べる。僕はしゃがみ込み、ベーコンを載せた皿を「みい」の顔の高さまで降ろすと、くんくんと匂いを嗅ぐ。それを彼女の食事用の皿に移すと、きちんと「食べ物である」と認識したのか、一つひとつ、味わいながら食べていた。




