5.
言われた通り、手を洗って、ソファーに腰を下ろす。猫は気まぐれだ、手を洗いに行くときには僕に付いてきたが、リビング・ダイニングに戻ると、僕から離れていった。別荘だから、大きなテレビやホームシアターもあるのだろうかと思ったが、意外にもそれらの類いは見当たらなかった。ソファーの背後の開け放たれた窓から、夏の木漏れ日が室内に注ぐ。
「水戸さん、こんな時間ですが、空腹ではありませんか」
言われてみれば、朝六時にコンビニのおにぎりを二つ食べて以来、お茶は時折飲んでいたが、固形物は何も口にしていなかった。昼食を食べてから電話する、という手もあったか、と、今更ながら思う。
そこで僕は一つ、思いついた。僕はこの家に、家政夫の募集で来たのだ、その中に調理の仕事も含まれている。まだ雇われてはいないが、ここは一つ、腕をアピールするチャンスではないのか。
「まあ、そうですね……何なら、何かお作りしましょうか」
案の定、彼女は目を丸くした。いきなりそんな提案をされるとは、思ってもいなかったであろう。
「よろしいのですか」
「テストのつもりで見ていただければと。えっと、食材は……」
「あるもの何でも、お好きに使ってください。私、料理が苦手なもので、大したものはないのですが」
そう言うのなら、してもよい、と受け取ってよいだろう。台所に向かうと、麦茶の入った透明なグラスを、彼女は適当に置いた。どんな食材がどこに入っているのかを教えてもらい、目に入ったものの中から作れそうなものを脳内で検索する。
「パスタでも」
「お願いします」
「そうだ、何人前作れば」
「二人でいいです。私、一人暮らしなので」
僕の勘は当たった。彼女はここに一人でいる。しかも、その言い方から、ここは彼女にとっては「別荘」ではなく、一年中住んでいる「自宅」のようだ。
「え、こんな大きい家に、お一人なんですか」
「ええ。特に掃除が大変なので、誰か雇おうと思ったのです」
「……失礼ながら、他のご家族は」
「祖父母や両親は既に他界しました。三つ上に姉が一人いるのですが、結婚して今は大阪にいます。他の親戚とは疎遠です。今は私と愛猫の他には、ここには誰もいません」
彼女は、ソファーの上、彼女の隣に座った猫を撫でながら言った。姉がいて、その彼女は既に結婚している。ということは、今ここにいる愛香は、見た目によらず、本当はいい年なのだろう。
「そうでしたか……ですが、そんなところに男性を雇っても大丈夫なのですか」
麦茶を一口、二口飲んでから、流しの下から玉ねぎを出し、丸ごと一玉、皮をむいで食べやすい大きさに切りながら聞いてみる。
「男性の方が都合がいいのです。特に力仕事がある訳ではありませんが……後で事情はお話しします。でも、貴方がしているような心配は無用です。これでも合気道の有段者ですので」
なるほど、それなら男性との万が一があっても大丈夫ということか。冷蔵庫の中にしなびかけた水菜があったので、それも一口大に切る。
「入り口の紙には書いていませんでしたが、猫の世話は」
「みいは私によく懐いていますので、私がします。庭の手入れもしなくて結構ですよ。もし何か気付いたことがあれば、私にお知らせしてくれたので構いません」
鍋を調理器具置き場から出し、お湯を沸かす。その間に、フライパンを五徳に載せ、小さいボトル入りのオリーブオイルを回し入れ、玉ねぎを炒める。それに火が通れば、賞味期限が近付いていたツナ缶をフライパンに投入し、沸騰したお湯に塩を少々、七分茹でのパスタを二束解く。




