4.
「今日は、どちらからいらっしゃったのですか」
玄関に到着する手前で、彼女の方から話しかけられた。その語り口一つとっても、お淑やかな良家のお嬢様だ。
「東京です。ちょっと、都会での生活に疲れて、散歩のつもりで来たのですが、たまたまここを通りかかって、張り紙に気付きまして」
「そうだったんですね。ご興味を持っていただきまして幸いです。念のためお聞きしますけど、家事はお得意で?」
「ええ。子供の頃から、家の手伝いはよくしていましたし、今でも実家に帰れば、両親のために昼食や夕食を作ることもあります」
「そうなんですね。――今日は、何時まで軽井沢におられますか?」
信越線の横川駅行きの帰りの終バスは、軽井沢の駅を夕方六時少し過ぎに出てしまう。新幹線も通っているが、あまりお金は使いたくない。東京なんてすぐそこだ、少々時間がかかっても、お金をたくさん持っている訳ではない学生の身分だ、安い手段で帰れるに越したことはない。
「六時のバスに乗るつもりです」
「そうですか……」
彼女は少し立ち止まって、考え込んだ。そして、一つ、自分の中で何かが決まったのか、小さくうなずいてこちらを向いた。
「分かりました。では、五時半に駅まで車でお送りします」
「ええ、そんな、そこまでしなくても」
建物の左側、屋根付きのガレージに、一台の黒い軽自動車が停まっているのには気付いていた。だけども、突然訪れた僕に、そこまでのもてなしをしようとするなんて。
僕が遠慮すると、彼女はにこりと微笑んだ。その屈託のない、晴れやかな表情に、僕は今までに感じたことのない、心臓の辺りがきりりと痛む感覚に襲われた。
――今、の、は?
だが、その感情の正体を探ろうとする前に、彼女は僕から視線を外し、白い西洋風の扉、玄関の鍵穴に白い招き猫のキーホルダーが付いた鍵を差し込んでいた。
「いいんです。私がしたくてしようとしていることですから。――どうぞ、お上がりください」
「……お邪魔します」
それ以上何も言えないまま、僕は開け放たれた扉から中に入った。いかにも別荘という感じの、広い空間が広がっていた。木の温もりが感じられる室内、天井には白いファンが取り付けられ、きちんと整えられた、いかにも高級そうな赤いラグの上の、ライトブラウンのソファーとテーブル。テーブルの上には、数センチほどの高さの小さく透明な花瓶に、黄色や赤の花が一輪、二輪。
用意された白いスリッパを履くと、先に上がっていた彼女は、カウンター付きの台所に向かっていた。にゃあ、とその方向から鳴き声がして、長い毛の、オレンジと白の毛を持つ猫が出てきた。
「飼い猫ですか」
「ええ、ノルウェイジャンの『みい』です。動物アレルギー等はございませんか」
「大丈夫です。実家でも三毛猫を飼っていましたので」
「そうでしたか。水戸さん、お飲み物をお出ししたいのですが、コーヒーと緑茶と紅茶と麦茶、どれになさいますか」
緊張で喉が渇いていた。その四種類の飲み物の中では、普段はコーヒーを一番好んで飲むが、身体が苦味や酸味よりも、さっぱりとしたものを求めていた。猫は僕に興味を持ったのか、近付いてきてその金色の目で見上げてくる。
「麦茶で。冷たいのがいいのですが」
「かしこまりました。あの奥に洗面所がありますので、手をお洗いになってから、そこのソファーでお座りになってください」




