3.
もし、雇い主や仕事内容が自分に合わなかったら、また東京に戻って職探しをすればいい。時刻は午前十一時。これも何かの縁かもしれない、思い切ってまずは出る確率が高いであろう携帯電話にかけると、相手は三コールほどで電話に出た。
『もしもし、野島です』
女性の、どこかお嬢様な感じの声だった。男性を募集している、とあったので、どんな人か、と思っていたが、声の第一印象は悪くない。
「あの、すいません。私、水戸という者なのですが、そちらのご自宅の門に掲げてあった求人を見てお電話させていただいたのですが……」
『あ、ありがとうございます。今、まだ私の家の前にいらっしゃいますか』
「ええ、張り紙の前に立って電話していますが」
すると、彼女は思いもよらない提案をしてきた。
『分かりました。もしお時間がおありでしたら、私の家で、お仕事の詳しい内容をお話しすることも可能ですが』
僕はその家を見上げた。他の別荘に負けず劣らず、二階建てと離れがあり、美しい花々が咲いているのも見える。その建物を改めて見て、庶民の僕がここで働いてもいいのか、と一瞬考え直そうという気持ちが過ぎったが、好奇心の方が勝った。
「お願いします」
『ありがとうございます。すぐに参りますので、そこでお待ちください』
電話が切れる。言われた通り、その門の近くで、にわかに湧いてきた緊張を和らげようと、森の呼吸に波長を合わせていると、門の奥から、キイィ……と、ドアが軋むような音が聞こえてきた。
出てきたのは、美しい女性、いや、妖精のような少女だった。見た目の年齢は二十歳に届くか届かないかぐらい。白いワンピース姿で、こちらに向かってとたとたと走ってくる。
「あ、そんなに急がなくても大丈夫ですよ」
思わず、そんな声を掛けたが、彼女は、お気になさらず、と駆けながら言うのであった。
「水戸さんですか」
「あ、はい、そうです」
「私、野島愛香と申します。よろしくお願いします。そなたは?」
「水戸千春といいます。よろしく、お願いします……」
彼女が門の鍵を開ける。近くでよくよく見ると、その容姿はまさに、お嬢様、そのものであった。こげ茶色のボブの髪型で、こんな真夏でも顔や腕の肌は焼けておらず、透き通るような白を保っている。
――ああ、美しい。
しかし、それと同時に、あまりにも無防備だとも思った。彼女の他に、家から出てくる人はいない。まさか、こんないたいけな女性が、ここで一人でいるのだろうか。もしそうだとしたら、どうして女性ではなく、男性を家政夫として雇おうとするのだろうか。僕はそんな人間ではないが、もし危害を加える目的で近寄る男性が応募する可能性を考えると、非常に危険ではないか。
「どうぞ」
「あ、はい」
開かれた門を僕がくぐると、彼女はすぐにその門の鍵を閉めてしまう。色々と聞きたいことはあるが、相手は初対面、しかも誰かを雇おうとする側の人間だ、向こうの話を色々と聞く前に、こちらが質問するのも失礼なことぐらいは分かっていたので、ひとまずその気持ちは脇に置いておくことにした。




