2.
軽井沢の駅前のバス停で降りた僕は、事前に何の情報も仕入れていなかったので、携帯電話の地図を頼りに、適当に歩くことにした。
季節は夏。軽井沢の地は東京よりも遥かに涼しく、半袖で来ていたが、念のため持参していた薄手の長袖のシャツを羽織ったのでちょうど良かった。アウトレット・モールとは逆の方向をふらふらと歩いていると、そのうち別荘街に入った。
木々が深く生い茂る道に、歩いている人は少ない。軽井沢の商店街に、多くの観光客が歩いている様子はテレビで何度か見たことがあるが、どうやら僕が入り込んだのは、観光客があまり来ない、地元の人か、別荘に用がある人ぐらいしか通らない場所のようだった。
――まあ、適当に歩けば、そのうちどこか大きな道に出られるだろう。
携帯電話上の地図を見てみると、今歩いている道をまっすぐ行って、あるところで曲がると、車や観光スポットが近くにある大通りに出るようだった。その観光スポット――池があるらしい――を目指してみることにした。
――ああ、これは、人々が惹かれる訳だ。
門の向こう、広い、木々に囲まれた敷地に、立派な別荘。一度は、数日でもいいから、ここにいたい、という気持ちはよく分かる。今の季節は、避暑としてここにいる所有者や借り手も多いのだろう、車が止まっている別荘も多い。途中、車とはすれ違うことはなく、後ろから自転車で来た――そういえば駅前にレンタルサイクルの店を見かけた――外国人の団体に一度追い抜かれるだけ。
鳥の歌に耳を澄ませる。今の季節はどんな鳥が鳴いているのだろうか、僕はそういうものには疎いので、特に種類を突き止めようともせず。
一つ、小さな、信号もない交差点を渡ると、門に張り紙がされているのを見つけた。東京であれば、こういうものを見つけても、目立つものでもない限り目にも留まらないが、周囲と調和している建物や門の中に、突如現れた白い「異物」に、僕はその視線を向けてしまった。
『家政夫募集中』
赤字で大きく、しかしどこか丁寧な感じで書かれた見出しの違和感に、僕はすぐに気付いた。家政「婦」、ではなく、家政「夫」。それはつまり、募集対象は女性ではなく、男性のみ、ということなのだろうか。
気になってその下を読み進めると、どうやらそのようだった。
『ある程度家事のできる成人男性を二人ほど募集しています 完璧でなくても構いません
仕事内容:掃除、洗濯、買い物、調理、食器洗い 週3~4日
住み込み用の部屋もあります 猫を飼っています 月給手取り20万~25万程度 履歴書不要』
最後に、連絡先として、「野島」、と、固定電話と携帯電話の番号が書いてあった。表札にも「野島」とある、どうやら募集しているのはここの住人で間違いないらしい。
――家政「夫」、か。
月給は普通か、最近は大卒の初任給より少しいいのかもしれない。仕事内容も、子供の頃から家の手伝いをよくしていた自分にとっては、難しいものではなさそうだ。特別に就きたい職業もないのだ、こんな仕事でもいいかもしれない。
――話だけでも聞いてみるか。




