48.
昌志さんは四十分ほどで部屋に戻ってきたが、彼も忙しくしていたのは同じだ、リュックサックから出してきた文庫本を読み始めた。これは長野から持ってきたものではなく、府内のコンビニで調達したもので、愛香や、健人にも買い与えたついでに買ったものだという。
彼がそろそろ行こうか、と言ったのは、十一時十五分頃だった。僕はゲームをやめ、必要最低限の荷物を持って、彼に付いて部屋を出た。昨日は、昌志さんが「起こさないでください」の札をドアに掛けていってくれていたが、今日は僕が「掃除してください」の面を表にしておいた。猫は不思議と昌志さんにも懐いているらしい、彼が抱き上げても嫌がらない。彼の実家でも犬を飼っているという、彼は獣に優しい、というのを、彼女も動物的本能で感じ取っているのだろう。
「今日は、どうやって行きますか」
「電車でいいよ。ガソリン代はもったいないし、宿の人もここにずっと停めておいても大丈夫って言ってたし、それにあそこの病院の駐車場代は高い。あの病院に勤めていた時も、電車でこれぐらいかかるところに住んでたけど、車じゃなくて電車で通ってたしね」
時間が時間だ、エレベーターホールには清掃員以外誰もいない。天気は快晴、また「みい」をフロントに預け、駅まで歩く。
電車に乗って、三十分余り。降りてから十分ほど歩いて、病院に辿り着く。ちょうどお昼時だ。愛香のところに寄ったが、まだ主治医は来ておらず、彼女の分の昼食が既に配膳されていた。
「さて、腹ごしらえしようかね」
「はい」
そのレストランは、病院関係者だけではなく、出入りする患者やその家族も自由に利用できるものだった。混雑し始めたレストラン、昼休憩に入る医者や看護師も多いのだろう、列に並ぶと、やはりここ最近でよくあったように、周りにいる人がちらり、ちらりとこちらを見る。
「かなり見られてませんか」
「仕方ないよ。僕はここでは伝説なんだから」
「伝説?」
彼は小声で話す。そういえば、昨日は彼から、彼ら兄弟の過去や事件について一言も聞けずじまいだったが、また何かあるのだろうか。
しい、と彼が、右手の人差し指を閉じた唇に当てた。それから、携帯電話をポケットから出して、何か文字を打ち始める。その動作には数分間、券売機の順番が回ってくる直前まで掛かったが、彼がその動作を終えた直後、マナーモードにしていた僕のそれが震えた。彼からのメッセージだった。
『例の事件があるまでは、ね。僕と健人は、ここでは呼吸器を得意とする外科医だった。腕は悔しいけど、健人の方が若干上だったから、いつも健人がメスを入れて、僕は助手。千里も外科医を目指していたんだけど、僕たちと競争になっちゃうってことで、僕たちをサポートする麻酔科医になったんだよ。例の事件は、僕たちは今でも、彼女の死因については、彼女が元々持っていた持病も影響していて、僕たち自身は無実だと信じてる』
その文面を読み終わったところで、僕たちの順番が回ってきた。携帯電話の画面を見ていた僕がそれに気付く前に、昌志さんはもう券売機にお札を入れて、「ステーキランチ」のボタンを二回押していた。その値段は見なかったことにしておいて。
「野島さん、ライスのサイズは、大・中・小から選んでね」
「あ、はい」
僕は食券を一枚渡された。食券窓口に向かい、僕はそれを差し出して、ライスは中サイズがいいと伝えた。他のコーナー――麺類や魚定食など――では、食券を窓口に出した側から料理が出てきているが、ステーキはもちろん、注文してから焼くらしい、ベルを渡された。
「隅っこの席にしよう。連中と話したくないし」
「……ちょっかい出しに行くんじゃなかったんですか」
「気が変わったよ。よく考えたら、元同僚が、ああいう形でこの病院を事実上追い出された僕や健人をどのような目で見ているか、千里や斉藤を除いては明らかじゃないんでね」




