30.
『プルルルル……』
重い空気を切り裂くように、電話の着信音が鳴った。警察官らは他人が勝手に開封したラブレターを読み進め、鎌谷は僕が描いた図を横から覗き込んでいたが、部屋にいた全員の動きが止まる。
僕の腰のポケットに、振動を感じた。鳴っているのは僕の携帯だった。見知らぬ電話番号だが、番号が「〇六」で始まっている、また府内からの電話か。
「はい、野島です」
『あ、野島愛香さんの旦那さんですか』
「はい、そうです」
『ありがとうございます、こちらアンドウ記念病院です』
それは、ここから歩いてすぐ近くの、愛香が入院している病院だった。愛香の目でも覚めただろうか、僕は部屋にいる人全員に会話が聞こえるように、電話をスピーカーモードにした。
「あ、お世話になっております。何かございましたでしょうか」
『はい。愛香さんの意識が回復しましたので、連絡致しました』
僕は全員の顔を見た。皆が深く息を吐き、胸を撫で下ろした。
「よかったです。ありがとうございます」
『いいえ。ですが、意識を取り戻すなり暴れ出しまして……』
「あ、はい……やはり、混乱しているからですか」
いきなり街中で意識を失った人が、病院に運ばれ、そこで目を覚ましたとき、パニックに陥る、という話は、医療ドラマで見たことがある。それと同じようなことが、彼女の身にも起きているのだろうか。
『だと思います。現在は鎮静剤を投与して落ち着いておりますが、一つ、気になることがございまして』
「はい、何でしょうか」
『愛香さんが暴れた際に、「お姉さんに会わせてくれ」と何度も叫んだんです』
姉に、会わせて欲しい。つまり、事実が分かった今は、死んだ姉に、会わせて欲しい、ということだ。
だが、病院に提出した書類には、愛香が僕に話してくれた通り、彼女の祖父母や両親は亡くなったと記載したが、姉は存命で別居している、と申告してある。まずはそのことを伝える必要がありそうだ。
「あの、実は今、警察署にいまして、愛香さんの車の中から見つかったものについて見ているんですが、それによると、私も一緒に来た義理の弟も知らなかったのですが、彼女のお姉さん、亡くなっているんだそうです。そちらに出した書類には、生きていると書いてしまったのですが」
『あ、そうなんですね。ということは、亡くなったお姉さんを探していた、ということになりますね……えと、あ、一応確認なんですけど、愛香さん、亡くなったお姉さんの名前として、「小野坂美香」と言っていらしたのですけど、彼女のお姉さんの名前で間違いないでしょうか』
僕は彼女の姉の名前を知らない。実はお姉さんのお名前、愛香から聞いたことないんです、と、正直に電話の向こうに答えようとしたが、手紙を読んでいた柿沢さんが、手紙を僕に見せて、ある一点を指した。それは、手紙の締めくくりだった。
『愛すべきお姉様・小野坂美香へ あなたの永遠の妹・野島愛香より』
「……はい、『小野坂美香』で間違いありません」
『ありがとうございます。あ、意識が戻りましたので、よろしければこの後、また面会に来られますか?』
そうだな、目を覚ましたのなら、一度その状態を確認したい。何はともあれ、無事だったことをこの目で見てから、ホテルに向かうべきだろう。鎌谷も同じ気持ちのはずだ、特に彼に確認することなく、返事をした。
「はい、警察署での用事が終わり次第、そちらに向かいます」
『かしこまりました。では、お待ちしております』
「はい、よろしくお願いしま……」
――ガシャン!!
最後の一言を言って、電話を切ろうとした時、突然、近くで大きな音がした。外で何か事故でもあったのだろうか、音の出所を探す、と。
「……健人? 健人!?」
「どうしました!?」
すぐ隣に立っていたはずの健人が、気を失って倒れていたのだ。頭を段ボール箱にぶつけている。僕の呼びかけにも反応しない。箱のある反対側から、柿沢さんと植田さんもこちら側に来た。植田さんが手首で脈を、口元に頬を当てる。
「……脈も呼吸もない。私が心臓マッサージと人工呼吸をします!」
「お願いします!」
またもや、突然のことだった。愛香に続いて、健人まで。一体、何が起きているのだろうか?
だが、今はそれについて、深く考えている場合ではない。心停止に呼吸停止、命に関わる事態だ、まずは一刻も早く、彼を医療者の元へ運ばなければ。
「柿沢、病院に連絡! 野島さん、車でいらしてますよね、病院、すぐ近くなので、救急車呼ぶより、車出してもらえますか?」
「あ、はい!」
僕はまだ病院との通話を切っていなかった携帯電話を柿沢さんに渡し、ポケットに入っていた車の鍵を探して手に握った。柿沢さんが、警察署内で急病人が発生したことを、病院側に話し始める。
「野島さん、すいませんけど、外に出て右に行ったら誰かいるはずですので、担架を持ってくるように頼んでくれませんか」
「はい!」
僕は部屋を飛び出した。もちろん、今まで平和に生きてきたので、警察署の奥に入ったことは初めてだったが、植田さんの指示に従って右に走って行くと、いくらかの事務机と人影が目に入った。何人かが集まっている方向に向かって、僕は叫んだ。
「すいません、急病人が出たので、誰か担架を持ってきてくれませんか!」




