26.
彼女の貴重品を預かって、僕たちは一旦病院を出た。車に戻ると、「みい」は空腹になったのか、エサを催促するように鳴いたが、あいにくキャットフードは積み込んでいなかった。
「……コンビニで猫エサ買ってくる。ついでに何か欲しいものは」
「ブラックコーヒーとパン」
「何のパン?」
「んー、ソーセージ系がいいかな」
「はいはい」
幸いにも、携帯電話の地図で確認すると、病院の裏側にコンビニがあった。レジ袋は有料だったので、たまたま車内にあった空のトートバッグを拝借し、コンビニで猫缶と猫用おやつを数個、それに二人分の朝食と飲み物を買った。ついでに、入院の保証金は現金で、と言われていたので、ATMからその分の十万円を、それに加えて、当面の行動費や食費として三万円を下ろした。
病院の駐車場に停めたままだった車に戻ると、鎌谷は後部座席で、隣に横たわる猫を撫でながら、携帯電話を見ていた。
「ただいま」
「おかえりー」
自分の分だけ出して、残りはトートバッグごと鎌谷に渡した。彼は自分が食べるより先に、猫缶の一つを開封し、「みい」に与えた。
「で、これからどうするの」
僕は運転席に座った。時刻は午前六時。世界と世間は夜明けだ、窓の外に朝の散歩をする老夫婦が見えるが、僕たちは明らかに睡眠不足だ。まずは睡眠の場所を確保する必要があった。
「んー、彼女の親族の連絡先が分かれば一番なんだけど……俺、ずっと長野に籠もってたし、友達は地元か東京で就職しちゃうし、この辺に親戚とか知り合いとかもいないからな……水戸ちゃんは誰かいる?」
「うーん……」
僕も東京出身で、大阪には修学旅行でしか来たことがない。知り合いはいるだろうか……
携帯電話の電話帳やチャットアプリを開いたが、あいにく大阪で就職した、という友人はいなかった。
「……ごめん、僕もこっちには心当たりはない」
「そっかあ……じゃあ、ペット可ホテルでも探すか。それまでは車の中にいればいいし」
鎌谷はホテル予約サイトの会員らしい、ほんの十分、十五分ほどで、今日泊まれるホテルを見つけ、予約してくれた。場所は現在地から車で三十分ほどかかるが、通院には不便ないだろう。
僕は愛香の携帯電話から、姉と思しき名前を探そうとしたが、彼女の携帯電話にはパスコードと指紋認証によるロックがかかっており、パスコードでロックを解除しようとしたが、思い当たる数字をいくら入れても解除できず、使用不能になってしまった。
「寝る?」
「うん、ちょっと寝る……」
病院の受付が開くのは午前九時。それまで、車内で仮眠をとることにした。
*
十時過ぎに目が覚めたので、鎌谷も起こして正式に入院の手続きをした。集中治療室に向かうと、彼女はまだ個室にいたが、解毒が上手くいったとして、扉越しではなく、近くでの面会が許可された。
「愛香……」
心臓は動いている。点滴の数は減り、酸素吸入を受けているが、自力で呼吸はできている。しかし、その目は固く閉じられたままで、僕がした、呼び捨てでの呼びかけにも、口を開かない。
それから、昨日の救急担当医ではなく、担当になった内科医と面談した。その人も女性だった。
「ちょうど、先程警察から連絡がありました。彼女が持っていた不審な錠剤は、シアン化カリウム――青酸カリだと判明しました。よって、愛香さんはこのシアン化カリウムの錠剤を飲み込んだことによる、シアン中毒、というのが診断になります」
僕の気の動転は、少し落ち着いていた。元々が自他共に認める冷めた性格だ、意外とその辺の適応力はあるらしかった。
「解毒は上手くいきましたので、今は酸素吸入と、維持療法を行っております。軽症の部類ですので、意識が戻る可能性は高いですが、脳障害やそれに伴う身体の麻痺が残る可能性があります。もしそうなった場合、リハビリが必要となります」
「そうですか……」
「ところで、愛香さん自身がシアン化カリウムを持っていましたので、他人に投与されたものではなく、本人が自発的に摂取し、自殺を図った可能性が高いと見ています。入手経路や、摂取した動機など、心当たりはありませんか」
鎌谷は、病院を出てから、自殺未遂だろうな、と言っていたが、医者もそう見ているようだった。だが。




