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相合傘 -千春と千秋 そのⅠ-  作者: 関戸守
第六章

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25/54

25.

「はい、救急隊員の話によりますと、府内のコインパーキングにて、隣に停めてあった車の持ち主が、車を出そうとしたところ、運転席で様子がおかしい愛香さんに気付かれまして、一一九番通報をしたとのことです。外傷等はございませんでしたが、呼びかけに応えませんでした。意識障害、さらに呼吸や脈にも異常が見られましたので、血液検査やCTなどの検査を行いましたところ、脳や心臓などには問題が見られませんでしたが、血液検査によって乳酸塩という物質が異常値を示しておりましたので……」

 医者がとある数値を指さす。すると、突然、義理の弟だ、とこの医者に言ったきり、一言も発していなかった鎌谷が口を開いた。

「青酸中毒、ですか」

 その発言に、僕も医者も固まってしまった。僕は、いつもふざけたことをしていることが多いその人が見せた、めったにない真剣な表情、さらに考えうる診断名まで導き出すという、そのギャップに戸惑ったからなのだが、もちろん医者はその知識だけに驚いたのだろう。

「よくご存じで。もしかして、お仕事、医療関係ですか」

「医師免許を持っています。ちょっと色々あって、今は医者としてのお仕事はお休みしているんですが」

 完全に初耳だった。一度、僕が自転車で転けて、膝小僧を思い切り擦りむいで帰ってきたときに、手早く手当てをしてくれたので感心したのだが、まさか本物の医者だったとは。

 しかし、青酸中毒、とは。僕は医者に、視線で説明を求めた。

「そうでしたか……えと、すいません、青酸中毒というのは、シアン化合物の中毒のことです。シアン化カリウム――俗に言う、青酸カリもその一種です。シアン化合物にも色々ありますので、今回の毒物中毒がシアン化カリウムによるものであるとは、まだ断定できていませんが、愛香さんの持ち物の中から、不審な錠剤が見つかりましたので、警察が調べているところです」

 青酸カリ。それはこの僕でも聞いたことがある。自殺や殺人によく使われ、大量に摂取すると数分以内に死に至ることもある毒物。僕はそんな界隈とは無縁のところで生きてきたので、そんな毒物が身近にあったことに驚いた、が。

「愛香は、どうして、そんなものを持っていたんだ……」

 彼女は、日々の生活や仕事に、何かしらの不満を持っていたのだろうか? 僕や鎌谷の仕事にも、何の文句も言わず、むしろ「よくやってくれて感謝している」と繰り返していたのに。

「……彼女は、今はどうなんですか? 解毒の方は」

 混乱が深まった僕に代わって、意外にも冷静を保っている鎌谷が聞いた。僕と同じように、愛香を好きになってしまった鎌谷。彼女がレズビアンだと知った時には、泣き喚き、体調を崩すほどショックを受けていたにも関わらず、その彼女が毒物を摂取して意識不明になっている今、どうして淡々と受け答えができるのだろうか?

「私たちは青酸中毒と見てほぼ間違いないと思っていますので、酸素吸入に加えまして、ヒドロキソコバラミン――ビタミンBの一種と、チオ硫酸ナトリウム、亜硝酸アミルの点滴で解毒を行っています。個室での治療を行っており、危険な毒物なため、面会は外からとなります。状況的に、ガスではなく塩――結晶での摂取と思われますので、解毒に成功すれば命は繋ぎ止められますが、脳に障害が残る可能性もあります」

「そうですか……そうですよね……」

 重苦しい空気が流れる。祖父や祖母の入院、看取りも経験してきたが、自分が本当に夢中になった人が、となると、それらとはまた、違う感覚を覚える。

「こちらとは最善を尽くしますが」

「よろしくお願いします」

「はい。えと、入院の手続きの方は……」

 鎌谷は、やはり淡々と話を進める。僕は言われるがまま、書きかけていた書類を完成させ、医師に渡した。連帯保証人は鎌谷が引き受け、彼がその場でサインをした。今は窓口が開いていないので、夜が明けたら、改めて入院の手続きと、保証金を収めてくれと言われた。また、警察が関わっているので、僕の電話に警察から電話があるだろう、とも。

「……様子、見て行かれますか」

「……お願いします」

 集中治療室、その一角に、電気が点いているが、固く閉ざされた部屋があった。その中のベッドには、確かに、様々な器具や点滴に繋がれ、目を覚ます気配のない彼女が横たわっていた。

――二週間前、確かに彼女は、笑顔で出て行ったのに。

『では、みいをよろしく頼みますね』

 最後に聞いた台詞と、その柔らかな表情が脳裏に浮かぶ。

――どうして、どうして、どうして。

 しかも、原因が分からない。そのことが一層、僕の気分を悪くしていた。

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