20.
明日は雨だと、携帯電話の中の天気予報アプリで見たので、今日の夕食の材料と明日の食料、備蓄用のレトルト食品、それに切れかけていた猫のおやつを買って帰宅した。家に着いた頃には、もうどんよりとした空になり始めていた。
僕たちは洗濯物を取り込んだが、自室で昼寝をしようとする僕とは対照的に、あまりそういうことはしない鎌谷は、彼女の鍵一式を本当に玄関から二階に持っていった。
「本当にやるのか?」
「善は急げ、って言うじゃん」
果たして、それは善なのか。考えていることが相変わらず分からなかった僕は、そこを探ろうとしても無駄と学習していたので、僕は鎌谷を放っておいて自室に向かった。
「それで? 何か分かったのか?」
もしかすると、何ヶ月ぶりかもしれない二人での夕食は、昼に外食でいいものを食べたので、簡単にうどんと野菜炒めで済ませた。食卓に現れた彼は、何ともいえない微妙な顔をしていた。
「分かったとも言えるし、分からなかったとも言える、ってところかな」
うどんをすすってから、彼はそう言った。
「どういうことだ」
「何もなかったよ。中に入ったら、普通のアトリエだった」
「不審なところがなかった、てこと?」
「そうそう。学校の図工室みたいな机と椅子があって、絵の具とパレットと絵筆があって、イーゼルに描きかけの絵があって。引き出しとか、押し入れも一通り見たんだけど、紙に描いたスケッチとか、昔描いたんだろうなって作品とか、描き方の教科書みたいなものぐらいしかなくて、逆に何でその部屋を隠す必要があるのかな、って」
「え、そうなの」
「うん、本当本当。変なものとか、怪しいものとかは全然見つからなくて」
「……それはそれで」
「そうそう。何なら見てみる? オレ、食器とか洗っておくけど」
鎌谷は言動や思考こそ、時々怪しいことがあるが、感情が露骨に出る性格もあってか、嘘をつくのは苦手なようだ。実際、愛香や僕に嘘をついたことは一度もない。
それに、何もない、というのなら、僕は少し安心して、入って確かめてもいいかもしれない、という気になっていた。
――そう、本当に何もないのなら、それでいいのだ。
「……それなら」
食後、鎌谷から鍵を教えてもらい、その鍵で問題の部屋の中に入って、手探りで電気を点けると、彼の言っていた通り、何の変哲もない、画家のアトリエ、と聞いて想像する通りの部屋だった。念のため、引き出しや押し入れもすべて確認したが、仕事に関係なさそうなものは、窓際に飾られた、小さな鉢植えのサボテン以外、何もなかった。
サボテンはあまり水をやらなくとも生きていけるともいうが、念のため、彼女が帰ってくるまでは、部屋の外に出して、僕が世話をすることにした。
サボテンを持って、部屋の外に出ようとすると、開けぱなっしの入り口に、「みい」が行儀良く座っていた。まるで、僕が気付くのを待っていたかのように。
「にゃお」
「どうしたの」
「みい」は僕を見上げて、一声鳴いたかと思うと、立っていた僕の横をすり抜けて、中に入っていった。どうやら彼女も、この部屋には出入りしているらしい。
「みい、そろそろこの部屋を閉めようと思ってたんだけど」
一応、そう声を掛けてみたが、その言葉が通じる訳もなく、彼女は部屋の中を落ち着きなくうろつく。飼い主がいないことに戸惑っているのだろうか。
「にゃーお」
押し入れの前で立ち止まって、また僕を見上げる。開けてほしいのだろうか。
試しにそこを開けてみると、二段になっている方の下の段、古そうな道具が入っている場所を、彼女はくんくんと嗅ぎ始めた。そして離れたかと思うと、また戻って、同じ所を嗅いでいる。
「何してんの」
もう風呂を終わらせたらしい、白いタオルを首にかけた鎌谷が上がってくる。中を覗かせると、彼も「みい」の不思議な行動に気が付いた。
「どうしたのかな」
「さあ……」
「みい」はやがてその動きをやめ、そこから立ち去り、部屋を出た。僕たちは、彼女が匂いを嗅いでいた場所をよく調べてみたが、子供の時に使っていたような感じの画材道具ばかりで、不審なものは何一つ見つからなかった。
僕たちも部屋を出た。彼女の寝室に廊下側から入ったが、そこにも「みい」はいなかった、彼女は一階に降りたらしい。いつもは愛香と一緒に寝ている「みい」は、愛香が留守にしている間は、僕と鎌谷が交代で部屋に入れることにしていた。
「結局、何だったんだろうね」
「うーん……」
電気を消したことを確認して、部屋の鍵をかける。思ったほどの収穫がなかったことに、僕も鎌谷も頭を悩ませた。
「もう、やめよっか。探すの。何も出てきそうにないし」
「その方がいいんじゃないの」
一階のリビング・ダイニングのソファーの上で、猫はごろごろとしていた。今日は鎌谷が夜の面倒を見るというので、彼が猫を抱きかかえ、風呂に入るために着替えを取りに行く僕と共に、部屋のある離れに戻った。




