18.
十月上旬
あれから、約三ヶ月が過ぎた。
僕も鎌谷も、あの一件で仕事を辞めるようなことはせず、家政夫の仕事を続けていた。彼女は、僕たちの彼女に寄せる感情を知らないまま、絵の仕事をしていた。
あの後、二人でもう一度、夜中に酒の場を設け、二人でどうするかを話し合った。その結果、せっかく雇ってくれた彼女のためにも、そしてここで生きていくと決めた僕たちのためにも、しばらくはここで様子を見ることにした。もちろん、胸に秘めた感情は隠したまま。
彼女はそれなりに名前が売れているらしい、大阪で初めての個展を開くことになったという。準備で家に業者が入れ替わり、立ち替わり。会場の準備に立ち会うため、そして期間中に開かれるトークショーに出るため、彼女は二週間、家を空けることになった。その間は、大阪にいる姉夫婦のところに泊まるという。
「では、みいをよろしく頼みますね」
「かしこまりました」
「らじゃー!」
「みゃーお」
ここから大阪までだと、かなりの距離がある。幸い、ここには新幹線が停車する、それで行くのかと思いきや、彼女は車の運転が好きらしい、車で行くと言った。愛猫は連れて行かないのか、と問うと、どうも姉の夫が猫の毛にアレルギーがあるらしく、連れて行けないという。
「お気を付けて」
「はい」
鎌谷が開けた門から、彼女が愛車に乗って出て行く。僕は「みい」を抱っこして、その右前足を持って手を振るようにさせた。
「みゃあ」
彼女が出て行ったのは正午すぎ。彼女だけ先に昼食を食べ、僕たちはまだだった。
「あー、お腹空いた。お昼、何にするー?」
「何が食べたい?」
「……カレーかなあ」
「じゃあ、外に食べに行こうか」
「手抜きかよ」
「レトルトのストックがない。今から作ったら一時間ぐらいかかるけど」
「へいへい」
一度家の中に入り、門を閉めかけた彼は、途中でその手を止めた。お金を持っていなかったので、僕たちはそれを取ってから、一匹で留守番させても割と大丈夫だという「みい」もキャットタワーに載せて家を出た。
自転車は、今は姉夫婦がここに来たときに使うというものを借りていた。背の高い僕が、夫が乗る緑色の、鎌谷が姉が使っている赤い自転車に乗った。他にピンクの自転車があったが、それは愛香専用だった。
僕たちも、ここに何ヶ月か住むと、地元の美味しい飲食店は一通り把握していた。ランチ時にはカレーかハヤシライスと、季節の野菜で作った一品、それにコーヒーか紅茶のセットを出してくれるお店に向かった。
「いらっしゃいませー。あら、今日はお二人なんですね」
その店は、元々愛香の行きつけで、月に一回は僕たちも連れて行ってくれる店だった。店主が彼女の母の友人だったという。
「ええ、彼女は個展を開くために大阪に行っていまして」
「ああ、そういえば言っていましたね。私も行こうかと思っています」
もう軽井沢は、雪こそまだだが、それなりに冷える季節である。時期柄、別荘に滞在する人は少なく、店内は、色づき始めた紅葉や、アウトレットモール目当てであろう観光客な感じの人が目立った。
「いつものでよろしくて?」
「はい」
「オレもそれで」
カレーは常時三種類あったが、僕たちはいつも週替わりカレーとコーヒーを頼んでいたので、この日もそれにした。
「でさ、一つ気になることがあるんだけど」
「え、いきなりどうしたの」
コーヒーは二人とも食後派である。一番最初に来た、この季節らしいきのこのキッシュと、今週のカレーであるバターチキンカレーを食べていると、急に鎌谷がそう切り出した。
「いやあ、ねえ? ちょっと彼女、おかしくない?」
ここは店の奥。店主は愛香の家のことをよく知っているようだが、その店主はこの時間だからか、他の客のオーダーを取ったり、料理を出したりするのに忙しいようだ。それに、店内は客の話し声も多く、スローテンポなジャズも流れている。確かに、そんな話をしても、他の人の耳に入らなそうな環境ではある、が。
「どこが?」
「あれ、気付いてないの? あの人、時々自分の寝室で寝ていないみたいなんだけど」
「……え?」
そんなこと、勘が冴える自覚がある僕でさえ、今まで気付きもしなかった。鎌谷はその辺に気づいたのは、どういう訳だろうか。その表情にどこか、悪いことを考えていることを暗示するような影が落ちている。




