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相合傘 -千春と千秋 そのⅠ-  作者: 関戸守
第三章

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15/27

15.

 その後数日、僕はどうしてか、仕事にあまり集中できなかった。

 料理をすれば、指を切り、鍋底を焦がし、水拭きロボットが通った直後の床を、そのことを忘れて裸足で歩いて滑って尻餅を付き、風呂掃除をすれば、カランと間違えてシャワーを出してしまい、午前中から全身がびしょ濡れになってしまった。

 幸か不幸か、それらのらしくない失敗は、いずれも家主や家主の飼い猫に目撃されることは一度もなく、よって彼女に咎められることもなかった。

 だが、見逃してくれない人ももちろんいる。

 彼女のカミングアウトを受け入れてから、二回目の土曜日の夜、彼女とその愛猫が寝た後で、風呂から自室に戻ったところ、隣の部屋を使っている鎌谷が、僕の部屋に一つの紙袋を持って上がり込んできた。

「水戸ちゃーん」

「……その呼び方、やめてくれないか」

「えー、いいじゃん別に。ほら、明日休みだし、ちょっと晩酌しない?」

 午後十時半、彼は既に酔っ払っているようなテンションの高さだが、あいにく今日は誰も夕食時に酒を飲んでいない。よって彼は間違いなく素面である。

「まあ、別に構わないが……その中身は」

「葡萄酒、と、チョコレート。今日、買い物に出たときに、ちょっといい店見つけて買ってみた」

 赤ワインの中ぐらいのボトルには、信州産、と書いてあった。どうやら地元の品らしい。チョコレートは知らないブランドだったが、包装はいかにも高そうな感じがした。ここは彼の好意である、価格は聞かないでおくのがマナーだろう。

 彼女の一家は、彼女も含めてお酒が大好きだという、当然のようにワイングラスがいくつかあった。それさえも、鎌谷は紙袋に忍ばせていた、僕は紙袋からグラスが出てきた時点で、ただ事ではない予感がしていた。

「じゃあ、半分ずつね」

「ん」

 部屋には丸テーブルが一つ。鎌谷はそれにグラスを置き、コルク式ではなく金属キャップのワインの封を切った。注がれる赤い液体、僕はその深い赤をぼんやりと見ていた。

「乾杯!」

「乾杯」

 ミディアムボディ、とボトルに書いてあったそれは、僕の舌にはちょうど良かった。美味しい、と鎌谷も言い、彼は丁寧に(しつら)えられたワインとワイングラスとは対照的に、テーブルの中央にやや乱雑に置かれたチョコレートの一粒に手を伸ばす。

「で、今日はどういう風の吹き回しなんだ」

 僕は、突然の晩酌の意図を聞いてみることにした。この約三ヶ月余、彼女か鎌谷のどちらかに誘われて、夕食も入浴も済ませた後に、一杯を楽しみながら雑談をしたり、テレビの代わりに、パソコンで映画を楽しむようなことは月に二、三度あったが、何の提案もなしに、いきなり「飲もう」と準備を始められたのは初めてだったから、というのもある。

 鎌谷はチョコレートの包みを剥がし、台形の形をしたそれを口に放り込んだところで、今までにない表情を見せた。それはまるで、心の芯を射貫かれているような心地にさせるもので。

「あ、裏があるって気付いちゃってる?」

「前に言っただろう、僕は勘で生きているところがあると。君が具体的に何を考えているかは分からないが、君の態度が『通常ではない』ことぐらいは容易に掴める」

「わあ、怖い怖い。超能力者かよ」

「それは違う。本当に超能力者であるなら、僕はこんなところに働きにきてやしない」

 僕もまた一つ、別の丸いチョコレートを手に取った。口に含むと、ワインではない別のお酒の味がした。ボンボンか。

「そーおー? まあ、それはどうでもいいんだけどさ」

 彼は一口、酒に口を付ける。それから、また表情を元に戻した。

「単刀直入に聞くよ。彼女のこと、好きなんでしょ?」

「……はい?」

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