黒い紋章(第98話)
──ドクン。
王都全体が震えた。
「……今の、何?」
ミナが天井を見上げる。
第三観測室の装置は、すべて停止している。
なのに、地面の奥から確かに振動が伝わってきた。
ドクン。
もう一度。今度はもっと大きい。
「地震か?」
ガルドが身構える。
「違います」
オリオンが即座に否定した。
「これは地面が揺れているのではありません」
「じゃあ何が揺れてる?」
「星脈です」
キーリの表情が変わった。
「星脈?」
オリオンが管理結晶を確認する。
「王都地下を通っている星脈網が、異常な反応を起こしています」
「第二封印核は?」
「確認します」
オリオンが操作する。
表示された数値を見て、目を見開いた。
「……ありえません」
「何が起きた?」
「第二封印核の出力が上昇しています」
リディアが駆け寄る。
「どのくらい?」
「先ほどまでの三倍です」
「三倍!?」
ミナが叫ぶ。
「封印が壊れるんじゃないの?」
「いいえ」
オリオンが首を振る。
「逆です」
「逆?」
「封印核そのものは安定しています」
キーリが眉を寄せる。
「じゃあ、なんで出力が上がってるの?」
「分かりません」
オリオンは表示を見つめる。
「ただし……第二封印核が、何かを受け取っています」
空気が凍った。
「何かって?」
「外部からのエネルギーです」
レオンが剣に手を添える。
「黒星か?」
「違います」
ルミナが答えた。
「黒星の感じじゃない」
全員がルミナを見る。
「じゃあ、星?」
「それも違う」
ルミナは胸元に手を当てる。
「星に似てる。でも……もっと静か」
「静か?」
「うん」
ルミナは言葉を探す。
「生き物みたいなのに、生き物じゃない」
キーリの胸の星が微かに輝いた。
「……第三因子」
その名前を口にした瞬間、第三観測室の奥、停止していたはずの装置が、一つだけ起動した。
カチ。
小さな音。
全員が振り返る。
装置の中央に一つの白い線が浮かぶ。
それは文字だった。
『移動開始』
「……何だ?」
カイトが呟く。
次の文字。
『第三因子』
そして。
『目的地──王都中心部』
ガルドの顔が険しくなる。
「王都中心部?」
王都中心部、そこにあるものは──王城。王都の民。そして、王国そのものを支える施設。
「まずい」
レオンが言った。
「王城には避難していない民間人が大勢いる」
「どうする?」
ミナがキーリを見る。
キーリは迷わなかった。
「戻る」
レオンが頷く。
「そうするしかない」
オリオンが管理結晶を操作する。
「ですが、問題があります。この地下施設の出口が封鎖されています」
「……」
カイトが天井を見る。
「まさか」
「はい」
オリオンが答える。
「第三観測室が起動した影響で、地下通路がすべて閉じました」
「じゃあ、閉じ込められたってこと?」
「そのようです」
ミナが頭を抱える。
「また地下かよ!」
「落ち着け」
レオンが言う。
「別の道を探す」
リディアが第三観測室を見回す。
「待って。この部屋」
リディアは壁へ近づいた。
「入口が一つしかないとは限らない」
指先で壁をなぞる。すると。
カチッ。
小さな音。
「……あった」
壁の一部が沈み込む。
ゴゴゴゴゴ──。
隠されていた通路が現れた。
「やっぱり」
リディアが息を吐く。
「星の文明の施設には、必ず非常用通路がある」
カイトが笑う。
「それ、もっと早く言ってくれよ」
「今見つけたの」
「ですよね」
通路の奥、暗闇だがその先から微かな光が見える。
「行こう」
キーリが歩き出す。
しかし。
「待ってください」
オリオンが呼び止める。
「何?」
「この通路は……」
オリオンが表示を見る。
「地上へ続いています」
「なら問題ないだろ」
「いいえ」
オリオンの顔が曇る。
「出口の位置が問題です」
「どこ?」
オリオンが答える。
「王城の地下です」
全員が黙った。
王城。そこには今まさに第三因子が向かっている。
「……急ぐぞ」
キーリが走り出した。仲間たちも続く。
暗い通路を駆ける。その途中、キーリはふと足を止めた。
「キーリ?」
ルミナが振り返る。
「今」
キーリは壁を見る。そこに何かが刻まれていた。
星の文明の文字。古びた文字。そして──禁制紋。
「また……」
キーリが近づき、文字を読む。
『選定された器は』
そこで文章が途切れている。
「続きは?」
リディアが尋ねる。
「……削られてる」
キーリが指で触れる。
文字の跡だけが残っている。だが、その下に別の文字がある。
新しい、誰かが後から刻んだような文字。
『器を信じるな』
「……え?」
ミナが顔をしかめる。
「何それ」
キーリは答えない。
胸の奥に嫌な感覚が広がっていく。
星を信じるな。
黒星を信じるな。
第三因子を信じるな。
そして──器を信じるな。
その言葉は、まるで自分自身を疑えと言っているようだった。
「キーリ」
ルミナが隣に立つ。
「行こう」
「……うん」
キーリは壁から手を離した。
走り出す。
だが誰も気づかなかった。キーリが離れた直後、禁制紋の中央に小さな白い光が灯ったことを。
そして、壁の奥から声がした。
『対象、移動開始』
♢♢♢
同じ頃の王都。
夕暮れ空に、一筋の白い光が走った。
「なんだ?」
「流れ星?」
「いや……低すぎないか?」
街の人々が空を見上げる。
白い光は星ではなかった。
雲を突き抜け、王都の中心へ向かってまっすぐ落ちていく。
その瞬間、王城地下の誰も知らない場所で一つの古代装置が起動した。
ゴウン──。
そして、王城の地下深く、封じられていた巨大な扉に文字が浮かび上がる。
『第三因子』
『接続開始』
扉の向こうから、何かがゆっくりと目を覚ました。
♢♢♢
「急げ!」
地下通路を走るキーリ達。
その時、地上から。轟音が響いた。
ズドォォォン!!!
「今のは!?」
ガルドが叫ぶ。
オリオンが管理結晶を見る。
「第三因子が」
顔を上げる。
「王都へ到達しました」
キーリは走る速度を上げた。
「だったら」
星剣を握る。
「私たちも間に合わせる!」
その胸の星が今までにないほど強く輝いた。
──だが、その光を王都のどこかで一人の男が見ていた。
黒い外套。銀色の目。黒星教団。
その男は小さく笑った。
「やっとか。やっと星の器が、王都に戻ってくる」
男は背を向けた。
その手には黒い紋章が刻まれていた。
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