もう一人のキーリ(第97話)
白い光が王都を包んでいた。
第三観測室の中央に浮かぶ世界地図。その上で無数の光点が蠢いている。
青。黒。そして──白。
白い光だけがゆっくりと王都へ集まっていた。
「……何だよ、これ」
カイトが呟く。いつもの軽口がない。
ミナも黙っている。
リディアは観測装置へ駆け寄った。
「これ、全部……星の塔です」
オリオンが答える。
「正確には、星の塔だけではありません」
管理結晶を操作する世界地図が拡大される。
王都、レクト、北の荒野。そしてこれまでキーリ達が訪れた場所。
「星の文明の観測施設、そのすべてです」
ガルドが顔をしかめる。
「その白い反応が、各地から王都へ集まっている?」
「はい」
「目的地は王都か」
「おそらく」
キーリは世界地図を見つめる。
その時、一つの白い光が王都の光点へ重なった。
ピッ。
観測装置が音を鳴らす。
『第三因子、移動完了』
オリオンが固まる。
「……完了?」
リディアが振り返る。
「今、移動したのは一つだけですよね?」
「はい」
「では、他の白い反応は?」
オリオンが確認する。
次の瞬間、オリオンの顔色が変わった。
「消えました」
「消えた?」
キーリが近づく。
「全部?」
「はい」
世界地図に、先ほどまで無数にあった白い光がすべて消えている。
残っているのは王都だけ。
「……集まった?」
ルミナが呟く。
「一つの場所に?」
オリオンが首を振る。
「その可能性があります」
キーリは王都を示す光点を見る。
白い光は、脈打っていた。
ドクン。
ドクン。
第二封印核と同じ鼓動。
「第二封印核と繋がってるの?」
「分かりません」
オリオンが答える。
「ですが、反応の周期は一致しています」
リディアが装置を調べる。
「この第三観測室は、第二観測室より古い」
「古い?」
「装置の構造が違います」
リディアが壁に手を当てる。
「第二観測室は、観測した情報を集めていた。でも、ここは違う……選別してる」
キーリが聞く。
「何を選別しているの?」
「分からない」
彼女は首を振る。
「でも、ただ観測するための施設じゃない」
その時、第三観測室の奥で。
ガコン。
何かが動いた。
全員が振り返ると壁の一部が開き、その奥から一枚の円盤がせり出してきた。
中央に──禁制紋。円の中心に一本の縦線。
「またあれか」
キーリが近づく。
だが。
「待ってください」
オリオンが止めた。
「触らないでください」
「危険なの?」
「……はい」
珍しく即答だった。
オリオンは管理結晶を見つめる。
「この装置には、第一管理権限が通用しません」
「私の権限が?」
「はい」
キーリは眉を寄せる。
「じゃあ誰の権限なら?」
「それが……」
オリオンが言葉を失う。
管理結晶に一つの文字が浮かんだ。
『対象外』
「対象外?」
カイトが首を傾げる。
「管理権限の対象外ってことか?」
「違います」
オリオンが首を横に振る。
「この装置は、管理者を必要としていません」
空気が重くなる。
「じゃあ、誰が動かすんだ?」
ガルドが聞く。
オリオンはゆっくりキーリを見る。
「……おそらく」
「私?」
「はい」
キーリは円盤を見る。なぜか嫌な予感がした。
「触らない方がいい」
ルミナが言う。
「うん」
キーリも頷く。
「私もそう思う」
だが、その瞬間。円盤の中央に、小さな文字が浮かんだ。
『器、接続を確認』
キーリの胸が。
ドクン。
星が反応する。
「……勝手に?」
キーリが後退する。
しかし、円盤から伸びた光がキーリの胸へ伸びた。
「キーリ!」
ルミナが叫びレオンがキーチの元へ走る。だが。
「待って!」
キーリが手を上げる。
「まだ大丈夫」
光がキーリへ触れる。その瞬間、頭の中に声が響いた。
『観測対象、確認』
「……まただ」
『星の器、確認』
キーリは歯を食いしばる。
『登録情報、照合』
何かが自分の中を調べている。
「やめて!」
『照合完了』
そして。
『一致』
一つの文字が浮かぶ。
『原型』
キーリの目が見開かれる。
「……原型?」
その瞬間、キーリの頭に映像が流れ込んできた。
星の文明。巨大な研究施設。何十人もの研究者。中央には少女が星を抱いている。
だが、今までと違った。少女の周囲に複数の装置が並んでいる。
『器の完成度、九十七%』
『まだ高すぎる』
『これ以上は下げられません』
『では、記憶を──』
映像が乱れ、誰かが叫ぶ。
『待て!』
そして、一人の研究者が少女を抱きしめる。
『この子は実験体ではない!』
『なら、どうする!』
『選ばせるんだ』
『選ばせる?』
『この子自身に』
映像が止まる。
少女がゆっくり顔を上げる。
今度は、顔が見えた。完全ではない。輪郭だけだが、キーリは息を呑んだ。
「……私?」
少女の目。髪色。輪郭。そのすべてが、自分と似ていた。
いや、似ているという表現では足りない。まるで、幼い頃の自分を見ているようだった。
「そんな……」
映像の中、少女が言う。
『私が選ぶ』
その声が、キーリの声と重なった。
次の瞬間、映像が崩れる。白い外套。銀眼。あの男が現れる。
『それでいい』
男が少年へ手を伸ばす。
『お前の選択を、誰にも奪わせない』
キーリは目を見開いた。
「待って!」
映像が消える。
「お前は……」
しかし、男はもういない。
意識が現実へ戻る。第三観測室で仲間たちの顔。そして、円盤。
キーリは荒い呼吸を繰り返した。
「キーリ?」
ルミナが心配そうに近づく。
「大丈夫?」
「……分からない」
キーリは自分の手を見る。
「私は……あの少女を知らない」
リディアが静かに言う。
「でも」
キーリを見る。
「あなたと同じ星の波動でした。完全に一致しているわけではありません」
「なら、何なの?」
「それは……」
リディアは答えられない。
その時、第三観測室のすべての装置が一斉に停止した。
世界地図も消える。白い光も消える。
そして、最後に一つだけ、文字が浮かんだ。
『観測終了』
キーリはその文字を見つめる。
だが、その下にもう一行、誰にも読めないはずの文字が現れた。
キーリだけが読めた。
『次の選択へ』
「……」
キーリは星剣を握った。
その瞬間、王都の遥か上空。雲の向こうで、一筋の黒い光が走った。
♢♢♢
同時に、遠く離れた場所。黒星教団の神殿でカインがゆっくりと顔を上げた。
「……始まったか」
七つの黒い光。
そのうちの一つが弱く揺れた。
カインは目を細める。
「まだ、動くな」
静かな声。
「今はまだ」
そして、黒い霧の向こうで誰かが笑った。
「……面白くなってきたね」
カインは振り返らない。
その声の主も、姿を見せない。ただ、七つの光のうち一つだけがほんの少しキーリのいる王都へ向けて揺らいでいた。
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