白い光(第96話)
ゴゴゴゴゴ──。
巨大な扉が、ゆっくりと開いていく。
その向こうに広がっていたのは──闇だった。
光がない。音もない。ただ、どこまでも続いているような空間だけがある。
「……第三観測室」
リディアが扉の文字を見上げる。
「ここにも観測室があったなんて……」
「第二観測室が中継施設なら」
ガルドが言う。
「その先に何がある?」
「分かりません」
オリオンが答える。
「私も第三観測室の存在は把握していませんでした」
「オリオンでも知らない?」
「はい」
キーリが眉をひそめる。
「それって、かなりヤバいってこと?」
「かなり危険な状況だと思います」
オリオンは珍しく即答した。
カイトが顔を引きつらせる。
「おいおい」
「安心してください」
「何を?」
「私も怖いです」
「安心できねえよ!」
ミナが吹き出した。
だが笑い声はすぐに消えた。
第三観測室の奥から音がしたからだ。
カツ。
カツ。
カツ。
誰かが歩いている。
「……誰かいる」
ルミナが小さく呟く。
レオンが剣を構える。
「全員、警戒」
ガルドも兵士たちへ指示を出す。
「隊列を崩すな」
キーリは星剣を構えた。
だが不思議だった。さっきの白い男とは違う。敵意を感じない。それどころか。何かに見られている。そんな感覚だけが強かった。
「オリオン。この部屋は何を観測してる?」
「……」
オリオンが管理結晶を見る。
「記録がありません」
「全部?」
「はい」
オリオンは首を振る。
「第二観測室までは、星脈網の情報が残っています。ですが、ここから先は」
管理結晶の表示が真っ黒になる。
「何もありません」
「じゃあ」
ミナが唾を飲み込む。
「この部屋、何のためにあるの?」
「分かりません」
オリオンが答える。
「ですが」
その声が少し震えた。
「ここだけ、星の文明の観測記録が意図的に消されています」
「消された?」
リディアが反応する。
「誰かが?」
「可能性があります」
「星の文明自身が?」
「……それも分かりません」
キーリは暗闇を見る。
カツ。
カツ。
足音が近づいてくる。そして止まった。
「──誰だ」
レオンが問いかける。返事はないら代わりに天井の一部が光った。
青白い光。その下に一つの巨大な文字が浮かび上がる。
『観測開始』
「……」
キーリの胸の星が。
ドクン。
脈打つ。
次の瞬間。
『星反応──確認』
青い光。
『黒星反応──確認』
黒い光。
『第三反応──確認』
白でも黒でもない。透明に近い光。
「また……」
キーリが呟く。
第三因子。だが今回は違った。第三反応の表示がキーリへ向かって動き始めた。
「え?」
光がキーリの胸へ近づく。
「キーリ!」
ルミナが駆け寄る。
だが。
「待って」
キーリは手を伸ばした。
「大丈夫」
「でも!」
「何かを感じる」
透明な光がキーリの胸へ触れた。瞬間、世界が消えた。音も。光も。仲間の声も。全部なくなった。
キーリは暗闇の中に立っていた。
「……ここは?」
目の前に一つの扉がある。黒い扉、中央には禁制紋。
「また……」
キーリが近づく。すると、扉の向こうから声がした。
『選べ』
低い声。聞いたことがある。いや、聞いたことがない。どこかでずっと前から知っていたような。
『星を取るか』
右側に光が灯る。
『黒星を取るか』
左側に黒い光。そして。
『それとも』
扉の中央、第三の光が灯る。透明な光。
『どちらも選ばないか』
キーリは息を呑む。
「……三つ?」
『選択肢は三つではない』
「じゃあ何だ?」
『お前が選ぶ限り』
声が響く。
『選択肢は無限にある』
キーリは黙った。
「だったら」
拳を握る。
「私は、自分で決める」
『それが答えか?』
「まだ答えじゃない」
『……』
「私は、知らない」
キーリは扉を見る。
「星が何なのか、黒星が何なのか、第三因子が何なのか」
一歩。前へ進む。
「何も分からない」
そして。
「だから」
キーリは星剣を抜いた。
「勝手に決められるつもりはない」
扉へ向かって星剣を振る。
ガキィィン!!
黒い扉に亀裂が走った。その瞬間、扉の向こうから。大量の声が響いた。
『観測対象が拒否』
『選択を拒否』
『記録を更新』
『器、自己選択を開始』
「……何だよ、これ」
キーリが後退する。
すると、扉の隙間から一つの手が伸びてきた。白い手。人間の手だった。
「──!」
キーリが星剣を構える。だが、その手は攻撃してこなかった。ただ何かを握っている。手には一枚の金属片。
キーリが手を伸ばす。触れた瞬間映像が流れ込んできた。
星の文明。巨大な観測施設。研究者たち。そして。中央に立つ一人の少女。星を抱えている。以前見た少女。
今度は少年の顔がほんの少しだけ見えた。
「……!」
キーリは息を呑む。少女は泣いていた。そして、誰かに向かって叫んでいる。
『僕が選べばいいんでしょう!』
研究者が叫ぶ。
『違う!』
『何が違うんだ!』
『お前に選ばせること自体が──』
映像が乱れる。最後に一人の研究者が禁制紋の前で膝をついていた。
『我々は間違えた』
『観測する対象を』
そこで映像が途切れた。
「……観測する対象を」
キーリが呟く。
次の瞬間目の前の扉が音もなく開いた。
その向こう。暗闇の中に一人の人物が立っている。
白い外套。銀色の右目。
「……お前」
銀眼の男だった。男は何も言わない。ただキーリを見る。そして静かに。
「ここまで来たか」
と言った。
「どうしてここに?」
「ここは私が守る場所ではない」
「じゃあ何なんだ?」
男が答える。
「お前が見るべき場所だ」
「私が?」
「ああ」
銀眼が輝く。
「だが、まだ早い」
その瞬間、男の姿が崩れた。白い光になって消えていく。
「待て!」
キーリが手を伸ばす。だが、届かない。
そして、最後に男が残した言葉だけが響く。
「第三観測室は世界を観測する場所ではない」
声が遠ざかる。
「選択を観測する場所だ」
世界が再び白く染まった。
「──っ!」
キーリが目を開く。
目の前に仲間たちがいる。
「キーリ!」
ルミナが肩を掴む。
「大丈夫!?」
「……うん」
キーリは息を整える。
周囲を見る。第三観測室。誰も動いていない。まるで時間が止まったようだった。
「どれくらい?」
「三秒です」
オリオンが答える。
「三秒……?」
「はい」
キーリは自分の手を見る。
そこには、金属片などない。ただ、手のひらに一つの文字が浮かんでいた。
『選択』
リディアが目を見開く。
「その文字……」
「消えない」
キーリが手を握る。すると文字が消えた。その直後、第三観測室の奥で巨大な装置が起動した。
ゴォォォン──。
床が震えて天井から無数の光が降り注ぐ。
そして、中央に一つの映像が浮かんだ。世界地図。その上に無数の光点。
「これは……」
リディアが息を呑む。
オリオンが管理結晶を見る。
「星の塔です」
光点のいくつかが青く輝いている。だがその中に、黒い光もある。そして白い光。
「第三因子……」
キーリが呟く。
白い光が。
一つ。
二つ。
三つ。
増えていく。
「待ってください」
オリオンが声を震わせた。
「増えているのではありません。移動しています」
世界地図の上。白い光の一つが、ゆっくりと王都へ向かっていた。
キーリは息を呑んだ。
「……こっちに来てる?」
オリオンが答える。
「はい」
そして、地図の中央。王都を示す光点が白く染まった。
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