選定完了(第95話)
第二観測室を包んでいた戦闘の気配は、すでに消えていた。
床には無数の傷。砕けた星の文明の装置。そして、中央に浮かぶ第二封印核。
先ほどまで亀裂が走っていたはずの表面は、今では何事もなかったかのように修復されている。
キーリは星剣を下ろした。
「……終わったの?」
誰も答えない。
レオンが周囲を見回す。
「敵の気配はない」
ミナが壁際から顔を出した。
「白い人も?」
「いない」
カイトが床を見ながら呟く。
「消えたっていうより……最初からいなかったみたいだな」
キーリも同じことを感じていた。
あの男は確かにここにいた。戦った。傷つけた。そして、第二封印核を守るために力を貸した。
なのに今は何も残っていない。
「オリオン」
キーリが呼ぶ。
「はい」
「第二封印核は?」
オリオンが管理結晶を操作する。
何度か表示を確認し。
「安定しています」
全員の肩から力が抜けた。
「よかった……」
ルミナが胸に手を当てる。
「でも」
リディアが続けた。
「完全に安定したわけじゃない」
「え?」
リディアが管理結晶を指差す。
「数値を見て」
キーリが近づく。
そこには、青。黒。白。三つの波形が並んでいた。
青は星。黒は黒星。そして、そのどちらとも違う波形。
第三因子。
「これ……」
キーリが呟く。
「まだ残ってる」
「はい」
オリオンが頷く。
「しかも、消えてはいません」
「封印核が安定したのに?」
「ええ」
オリオンの表情は硬い。
「むしろ先ほどより明確になっています」
ガルドが腕を組む。
「つまり、あの戦闘で何かが変わったということか」
「その可能性は高いです」
「何が変わった?」
「分かりません」
「……だよな」
ガルドがため息を吐く。
その横でミナがキーリを見る。
「そういえば」
「ん?」
「さっきの光」
キーリの胸元を見る。
「また見たんでしょ?」
「……うん」
星の文明の記録。あの少女。白い外套の男。そして。
『選ぶのは、お前だ』
キーリは目を閉じる。
頭の中に、あの言葉が残っている。
「今回も、顔は見えなかった」
ルミナが静かに尋ねる。
「その少女、キーリと同じくらいの年齢?」
「たぶん」
リディアが考え込む。
「以前の記録と同じ人物なら、偶然とは考えにくいですね」
「同じ人物だと思う?」
「分かりません」
リディアは首を振る。
「ですが、星を抱えていたことは共通しています」
キーリは自分の手を見る。
自分が何も知らず森の中で星を拾った日のこと。ただそこにあった星を手に取った。それだけだった。なのに。
「私は……最初から何かに選ばれてたの?」
その言葉に、ルミナが反応した。
「キーリ。今の言い方」
ルミナは少し困った顔をする。
「私は、あまり好きじゃない」
「……選ばれるってやつ?」
「うん」
ルミナが頷く。
「だって、キーリが何かに選ばれたなら」
少しだけ笑う。
「キーリ自身が選んだことまで、全部決められてたみたいだから」
キーリは黙った。そして。
「……そうだね」
星剣を見る。
「私も、それは嫌だ」
レオンが口を開いた。
「なら決まったな。お前は、自分で選べ」
レオンらしい言葉だった。
キーリは少し笑った。
「簡単に言うね」
「簡単な話だ」
レオンは剣を収める。
「何を選ぶかは、その時に決めればいい」
ミナが頷く。
「そうそう」
カイトも続く。
「世界を救うとか滅ぼすとか、そんなデカい話は後でいいだろ」
「まずは生きて帰る」
ガルドが言う。
「それが先だ」
キーリは仲間を見る。
こんな状況なのに、なぜか少しだけ安心した。
その時だった。
ピッ。
小さな音が響く。
「……?」
全員が振り返る。
音は第二封印核からではない。床。先ほどキーリが天星斬で破壊した場所。その奥からだった。
「何かあります」
リディアが近づく。
「危険かもしれない」
レオンが止める。
「待ってください」
リディアがしゃがみ込む。
瓦礫を慎重にどかす。その下に、一枚の金属板が埋まっていた。
星の文明の文字。中央にはあの紋章。円、その中心に一本の縦線。
──禁制紋。
「また……」
キーリが息を呑む。
リディアが文字を確認する。
「これは記録媒体ですね」
「読める?」
「少しだけ」
リディアが指で表面をなぞる。
「古い形式です」
「何て書いてある?」
リディアは眉を寄せる。
「……観測対象」
「観測対象?」
「はい」
その瞬間、キーリの星が輝いた。
「──っ!」
視界が白くなる。
また記録。だが、今回は違った。星の文明の研究施設。何人もの研究者。中央には巨大な観測装置。
『第三観測対象の反応を確認』
『数値は?』
『ありません』
『……何?』
『数値として観測できません』
『そんなはずがない』
研究者たちがざわめく。そして、一人の研究者が震える声で言った。
『星でもない』
『黒星でもない』
『では、何なのです?』
誰も答えない。やがて一人が。
『観測すること自体が、間違いなのでは?』
そう呟いた。
映像が乱れる。そして、一瞬だけ画面に文字が浮かんだ。
『観測対象──選定』
キーリの視界が戻る。
「……っ」
膝をつく。
「キーリ!」
ルミナが駆け寄る。
「大丈夫?」
「うん……」
息を整える。だが、キーリは金属板を見つめた。そこに、さっきまでなかった文字が浮かんでいる。
星の文明の文字。キーリにしか読めない。
『選定完了』
キーリの背筋が凍った。
「……何が?」
リディアが尋ねる。
キーリは答えられない。なぜならその文字の下にもう一行、新しい文字が現れたからだ。
『器、登録』
そして最後にたった一つ。
『キーリ』
「…………」
キーリの呼吸が止まった。
誰かが自分の名前を知っている。それだけじゃない。この記録がいつ作られたものなのか、それすら分からない。
星の文明が滅びるより前なら。なぜ、自分の名前がある?
「キーリ?」
ルミナの声。
キーリはゆっくり顔を上げる。
「……私の名前が」
全員が固まった。
「ここにある」
その瞬間、第二観測室の奥で。
ピッ。
また音がした。
一つ。
二つ。
三つ。
無数の装置が順番に起動していく。
オリオンが管理結晶を見る。
「これは……」
「何?」
キーリが尋ねる。
オリオンは初めて答えるまでに長い時間を必要とした。
「第二観測室が、こちらを観測しているのではありません」
地下の奥。巨大な扉がゆっくりと開き始める。
「……こちらを」
オリオンが呟く。
「呼んでいます」
ゴゴゴゴゴ──。
扉の向こうから冷たい風が吹き込んだ。
そして暗闇の奥に巨大な星の文明の文字が浮かび上がる。
『第三観測室』
キーリは星剣を握った。
「……まだ地下があるのか」
レオンが剣を抜く。
「どうやらな」
ミナがため息をつく。
「王都の地下、広すぎない?」
「同感」
カイトが頷く。
だが、誰も気づいていなかった。開いた扉の奥、誰もいないはずの暗闇で、一つの銀色の瞳が静かに開いたことを。




