中継点(第94話)
一歩。暗闇の奥で、何かが動いた。
ザリ……。
硬いものが床を擦る音。
キーリは星剣を握り直した。
「……何?」
返事はない。
ただ、第二封印核から伸びた黒い線が、ゆっくりと床を這っていく。
オリオンが管理結晶を見つめる。
「この反応……おかしいです。第三因子の反応が、第二封印核から離れています」
リディアが息を呑む。
「離れてる?」
「はい」
オリオンの指が震える。
「まるで……核の外へ出ようとしているように見えます」
「なら、止めればいい」
キーリが前へ出る。
「どうすればいい?」
「分かりません」
「……だよね」
キーリが苦笑する。
その横で、白い外套の男が動いた。
「全員、下がれ」
声が低い。
今までとは違った。命令口調だった。
「お前が指示するのか?」
ガルドが剣を構える。
「嫌なら好きにしろ」
男は第二封印核へ歩く。
「ただし、近づけば死ぬ」
「……物騒だな」
カイトが呟く。
「冗談ではない」
男が銀眼を光らせる。
その瞳に一瞬だけ、黒い線が映った。
「見えた」
男が呟く。
「何が?」
キーリが聞く。
「可能性だ」
男の銀眼が細くなる。
「このままなら、三十七秒後に第二封印核が崩壊する」
「三十七秒!?」
ミナが叫ぶ。
「そして、崩壊と同時に、王都地下の星脈網が連鎖する」
ガルドの顔が険しくなる。
「王都全体が危険ということか」
「王都だけではない」
男が答える。
「星脈網は各地の観測施設へ繋がっている」
リディアが息を呑む。
「まさか……」
「そうだ」
男が頷く。
「ここが壊れれば、世界中の星装置に影響する」
キーリは第二封印核を見る。
「じゃあ、こいつを止める」
「できるのか?」
「分からない」
キーリは星剣を構えた。
「でも、やる」
男がキーリを見る。
「……そうか」
その口調はほんの少しだけ満足そうだった。
「なら、力を貸す」
キーリが驚く。
「お前が?」
「勘違いするな」
男は第二封印核へ向き直る。
「私はお前を助けるのではない」
「第二封印を守るだけだ」
「同じんじゃ」
「違う」
男は淡々と答える。
「そこを間違えるな」
キーリは苦笑した。
「分かったよ」
男が手を掲げると銀眼が輝いた。すると、第二封印核の周囲に、無数の銀色の線が浮かび上がった。
線と線が繋がる。巨大な魔法陣のような形になる。
「これは……」
リディアが息を呑む。
「封印術式?」
「違います」
オリオンが答えた。
「観測式です」
「観測?」
「あの方は、封印核の状態を直接固定しているのではありません」
オリオンの声が震える。
「崩壊する可能性そのものを、観測によって押し戻している」
カイトが頭を抱える。
「もう何言ってるか分かんねえ」
「私もです」
ミナが即答した。
「そこは同意しないでよ!」
緊迫した空気の中、キーリは笑った。
「なんだか、いつもの感じがしてきた」
「キーリ」
ルミナが微笑む。
「行ける?」
「うん」
キーリは星剣を構える。
「行く」
星剣が輝く。
17.2%。
17.3%。
ゆっくりと共鳴率が上がっていく。
「これ以上は無理に上げるな」
男が言う。
「え?」
「星の器」
銀眼がキーリを見る。
「今のお前では、それ以上の力を引き出せば器が耐えない」
キーリは眉を寄せた。
「分かるの?」
「見える」
「また可能性?」
「違う」
男は静かに答えた。
「お前自身が壊れる可能性だ」
キーリは黙った。それでも星剣を握る手は緩めない。
「なら、17%で十分だよ」
「……そうか」
男が構える。
「来い」
黒い線が床を走る。それを銀色の線が追う。
両者がぶつかった。
バチィィン!!!
衝撃が地下を揺らす。
「今です!」
オリオンが叫ぶ。
「キーリさん!」
キーリが走る。目の前に黒い線。その奥に第二封印核。
「星剣──!」
星の力が剣へ集まる。
「流星断!」
黄金の斬撃が走った。黒い線を切り裂く。だが。
「まだです!」
リディアが叫ぶ。
「一本じゃない!」
周囲を見る。
黒い線が何十本も床から伸びている。
「全部切る必要があるのか!」
「違います!」
リディアが管理結晶を見る。
「中心だけです!」
「どこだ!」
「第二封印核の真下!」
キーリが床を見る。
黒い線が集中している場所。そこへ男が銀眼を向けた。
「そこだ」
「分かった!」
キーリが跳ぶ。
星剣を振り上げる。
「天星斬!」
黄金の光が落ちる。
ドゴォォン!!!
床が砕けた。その下から黒い光が噴き出す。
「──ッ!」
キーリの身体が吹き飛ぶ。
「キーリ!」
ルミナが叫ぶ。
レオンが受け止めた。
「大丈夫か!」
「……うん」
キーリは立ち上がる。
だが床に開いた穴。その奥を見て言葉を失った。
そこには何もなかった。ただ巨大な円形の空間。そして中央に一本の縦線が刻まれていた。
円の中心に一本の縦線。
──禁制紋。
「……これ」
リディアが呟く。
「星の文明の禁制紋……」
男の顔が険しくなる。
「見るな」
キーリが振り返る。
「またそれ」
「今度は本気だ」
男の声には明確な警告があった。
「その紋は、お前が見るべきものではない」
「じゃあ、あれは何?」
「今は答えられない」
「なんで!」
キーリが叫ぶ。
「お前は何を知ってる!」
男は沈黙する。やがて。
「知っているのではない」
銀眼が伏せられる。
「忘れたくても、忘れられないだけだ」
キーリは息を呑んだ。
男の右目、銀色の瞳が一瞬だけ揺れた。
その瞬間、第二封印核が。
ドクン。
大きく脈打った。
黒い線が消えていき、銀色の観測式が輝く。そして警告音が止まった。
オリオンが管理結晶を確認する。
「……止まりました」
全員が息を吐いた。
「第二封印核、安定しています」
「よし!」
ミナが拳を握る。
カイトがその場に座り込む。
「疲れた……」
「まだ終わってないぞ」
レオンが言う。
キーリは男を見る。
「お前のおかげだ」
「礼はいらない」
「でも」
「一つだけ」
男がキーリを見た。
「伝えておく」
地下が静かになる。
「第二封印核は」
男が言った。
「何かを封じているだけではない。世界各地にある封印を──繋いでいる」
「……繋ぐ?」
「そうだ」
男は第二封印核へ視線を向ける。
「ここは封印の中心ではない」
「中継点だ」
リディアが息を呑む。
「つまり……」
「第二封印が壊れれば」
男が続ける。
「他の封印も、順番に目を覚ます」
キーリの背筋に寒気が走った。
「何が目を覚ますの?」
男は答えない。ただ銀眼でキーリを見た。
「それを知るには、お前自身が選ぶ必要がある」
「また選択……」
キーリが呟く。男は初めて少しだけ笑った。
「そうだ。この世界では、選ばなかった者もまた、何かを選んでいる」
キーリはその言葉を聞きながら胸の星へ手を当てた。
すると、星が一度だけ強く輝いた。
17.3%。
それ以上は上がらない。だがその瞬間、キーリの脳裏に一つの映像が浮かんだ。
星の文明。崩壊する都市。逃げ惑う人々。
そして一人の少女。星を抱えている少女の前に、白い外套の男が立っていた。
『選ぶのは、お前だ』
少女が顔を上げる。その顔はやはり見えない。
そして、少女が言った。
『なら──』
映像が途切れる。
キーリが目を開く。
「……今のは」
男がこちらを見ていた。
「見たか」
「お前も知ってるの?」
「……ああ」
男は静かに答えた。
「だが、まだ話せない」
「どうして」
「お前が自分で選ぶ前に答えを知れば、その選択はお前のものではなくなる」
キーリは言葉を失った。
男は背を向ける。
「待て!」
キーリが呼び止める。
「お前は何者なんだ!」
男は立ち止まった。
振り返らない。
「私は──この場所を守るために残された者だ。それ以上でも、それ以下でもない」
男の姿が白い光に包まれる。
「次に会う時までに」
銀眼だけが最後に輝いた。
「お前が何を選ぶのか」
白い光が消えると男の姿も消えていた。
残されたのは静まり返った第二観測室。そして第二封印核。
オリオンが静かに息を吐く。
「……終わったのでしょうか」
キーリは首を横に振った。
「いや」
暗闇の奥を見る。
「たぶん、始まったんだ」
その言葉に誰も反論できなかった。
そして、誰も気づいていない第二封印核の奥。誰にも見えない場所で、一つの小さな表示が静かに点灯していた。
『第三因子──観測対象、選定完了』
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