外部からの干渉(第90話)
暗闇の中で、何かが目を開いた。
キーリは息を止めた。
胸の奥で星が微かに震え、鼓動が一拍遅れて響く。
「……何?」
目の前に広がるのは、巨大な地下空間だった。天井は見えない。壁も見えない。ただ、遥か彼方まで続く暗闇の中に、無数の青い光が浮かんでいる。
まるで──地下に星空が広がっているようだった。
「綺麗……」
ミナが思わず呟く。
その声は震えていた。
だが、誰もその景色を素直に楽しめなかった。音がなく静かすぎる。風すらない。
なのに“何かがいる”。そんな感覚だけが、全員の肌にまとわりついていた。
「止まってください」
オリオンが手を上げる。
その表情は、いつもの冷静さよりさらに硬い。
「この先は、私が確認します」
オリオンが一歩進む。
すると。床に青い線が走った。
一本。
二本。
三本。
やがて無数の線が広がり、巨大な円形の魔法陣のようなものを形成していく。
「これは……」
リディアが目を見開く。
「星脈図です」
オリオンが答える。
「この施設全体の構造を表示しています」
空中に立体的な地図が浮かび上がった。王都。王城。その地下。そして──王都から外へ伸びる無数の光。
「こんなに……」
レオンが呟く。
「王都の地下全体が、星脈で繋がっているのか」
「違います」
オリオンが首を振る。
「王都だけではありません」
地図がさらに拡大する。
王都から。北へ。南へ。東へ。西へ。無数の光が伸びていく。
その先には、いくつもの小さな光点が存在していた。
「これは……星の塔?」
リディアが尋ねる。
「おそらく」
「じゃあ、この施設は」
キーリが地図を見る。
「全部を繋いでいた?」
「はい」
オリオンは静かに答える。
「王都地下にあるこの施設は、単独の観測施設ではありません」
「じゃあ何なんだ?」
カイトが尋ねる。
オリオンは地図の中央を指差した。
「中継点です」
「中継点?」
「星の文明が世界中に残した観測施設を、ここで繋いでいたのでしょう」
キーリは地図を見つめる。
その中心──王都地下。そこには三つの光があった。一つは青。一つは黒。そして──もう一つは白。
「……あれ」
キーリが指差す。
「昨日感じた三つだ」
ルミナが顔を上げる。
「青と黒と白……」
その瞬間。白い光が強く輝いた。
ドクン。
キーリの胸の星が反応する。
「っ……!」
胸を押さえる。頭の奥に、一瞬だけ映像が流れた。
白い部屋。誰かが立っている。背中しか見えない。その人物が、何かを抱えている。
小さな光──星だ。
そして、その人物が振り返る。
「……誰?」
映像が消える。
「キーリ!」
ルミナが駆け寄った。
「大丈夫?」
「うん……」
キーリは息を整える。
「また、何か見えた」
「何を?」
「人がいた」
オリオンが静かに尋ねる。
「どんな人物ですか?」
「分からない」
キーリは首を振る。
「顔が見えなかった」
「そうですか」
オリオンはそれ以上聞かなかった。
ただ、その瞳の奥に、深い思索の影が揺れていた。
「オリオン」
「はい」
「何か知ってる?」
オリオンはしばらく沈黙する。
「……可能性としてですが。この施設には、星の器に関する記録が残されているのかもしれません」
リディアが驚く。
「星の器の?」
「はい」
「じゃあ、キーリが見たものは」
「分かりません」
オリオンは微笑む。
「ですが、調べる価値はあります」
カイトが肩を落とす。
「結局、また『分かりません』か」
「申し訳ありません」
「いや、オリオンさんが悪いわけじゃないけどさ」
そのやり取りに、ミナが小さく笑った。
「なんか安心する」
「何が?」
「オリオンがいつも通りだから」
「そうですか?」
「うん」
ほんの少し張り詰めていた空気が緩んだ。
だが、その直後。地下深くから。
ゴン。
音がした。
全員が黙る。
もう一度。
ゴン。
ゴン。
何かが内側から、扉を叩いている。
「……今の、聞いた?」
カイトが小声で言う。
「聞いた」
レオンが剣を抜く。
ミナもナイフを構える。
ルミナの手に光が集まる。
キーリも星剣を呼び出した。
黄金の光が暗闇を照らす。
その瞬間、遠くにあった青い光が、一斉に消えた。
「え……」
リディアが息を呑む。
一つ。また一つ。青い光が消えていく。
代わりに──黒い光が増えていく。
「まずい!」
オリオンが叫ぶ。
「何が起きている!」
ガルドが尋ねる。
「第二観測室が、外部から干渉されています!」
「敵か!」
「分かりません!」
オリオンが管理結晶を操作する。
「ですが、この反応は──」
その時、空中に一つの映像が浮かんだ。
黒い霧。その向こうに一人の男。
顔は見えない。ただ──その声だけが響いた。
『星の器』
キーリが身構える。
「誰だ!」
『まだ、会う時ではない』
低い声。
静かで、不気味なほど落ち着いている。
『だが、覚えておけ』
黒い霧が広がる。
『世界を守るということは、世界を救うこととは限らない』
キーリは目を細める。
「何を言ってる」
『いずれ分かる』
「待て!」
映像が消える。誰も言葉を発しない。
やがて、ガルドが低く呟いた。
「……今の男は」
オリオンが答える。
「黒星教団の首座でしょう」
「カイン……」
その名前が地下空間に落ちた。
キーリは拳を握る。
直接会ったことはない。それなのに──あの声には、妙な既視感があった。
まるでずっと昔から自分のことを知っているような。
「行こう」
キーリが言った。
「このままじゃ何も分からない」
レオンが頷く。
「そうだな」
ミナがナイフを握り直す。
「今度こそ、ちゃんと捕まえて聞き出そう」
「簡単にいくかな?」
カイトが苦笑する。
「行ってみなきゃ分からないでしょ」
ルミナが前を見る。
「進もう」
オリオンも頷いた。
「はい」
一行は地下施設の奥へ進んでいく。
やがて巨大な空間の中央に、一つの台座が見えてきた。
その上に──小さな結晶が浮かんでいる。
「第二封印核……?」
リディアが呟く。
「違います」
オリオンが静かに答える。
「これは、その鍵です」
キーリが近付く。
結晶の中に、一文字だけ、星の文明の文字が浮かび上がっていた。
キーリには読める。
その文字の意味は──
『選択』
だった。
そして、結晶の奥で白い光がゆっくりと目を開いた。
「……また、何か来る」
キーリが呟く。
その瞬間、地下全体が震えた。そして、遠くから無数の足音が聞こえてきた。
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