第三因子(第89話)
王都に朝が戻った。
昨夜の騒ぎが嘘のように、街には人の声が戻り始めている。
石畳を走る馬車。開店準備をする商人。通りを駆ける子供達。いつもと変わらない朝。けれど、キーリは、その景色を素直に喜べなかった。
第二封印核。星の文明の記録。
そして──最後に聞いたカインの言葉。
『この世界が何を封じているのかを』
あの言葉が、頭から離れない。
「眠れなかった?」
隣を歩いていたルミナが尋ねる。
朝の光が彼女の髪を照らし、柔らかい影を落としていた。
「少しだけ」
「やっぱり」
ルミナは苦笑する。
「顔に出てる」
「そんなに?」
「うん」
キーリは自分の頬に触れた。
「……そんなにか」
「かなり」
ミナが後ろから割り込んでくる。
「昨日の夜からずっと難しい顔してるよ」
「ミナに言われるとは思わなかった」
「どういう意味よ!」
「そのままの意味」
「キーリ!」
「ははっ」
カイトが笑う。
「元気そうで何よりだな」
少し離れたところでは、レオンとガルドが王都の兵士達と話している。
リディアは手にした記録板へ、昨夜の出来事を必死に書き込んでいた。
そして、オリオンは一人、地下遺跡から持ち帰った結晶を見つめている。
その横顔は、いつもより深い思索に沈んでいた。
「オリオン」
キーリが声を掛ける。
「何か分かった?」
「少しだけ」
オリオンは顔を上げる。
「昨夜、第二封印核に触れた時の記録を解析しています」
「何か変なことがあった?」
「はい」
オリオンは管理結晶を操作する。
空中に、いくつもの星の文明文字が浮かび上がった。
「第二封印核は、キーリさんの共鳴に反応して封印維持率を回復させました」
「それは分かってる」
「問題は、その後です」
オリオンが一つの文字列を拡大する。
「第二封印核が、キーリさんへ向けて一つの情報を送っています」
「情報?」
「正確には、座標です」
キーリの表情が変わる。
「どこ?」
「王都地下」
「また?」
「はい」
オリオンは頷く。
「ただし、昨日の遺跡とは別の場所です」
リディアが振り返る。
「そんな場所がまだあるんですか?」
「あります」
オリオンは王都の地図を広げた。
「ここです」
指が止まった場所──王城。
「……王城?」
ガルドが眉をひそめる。
「王城の地下に何がある」
「それは、まだ分かりません」
オリオンは静かに答える。
「ですが、星の文明の文字ではこう記されています」
文字が一つだけ浮かび上がる。
『第二観測室』
「観測室……」
リディアが呟く。
「王都の地下に、星の文明の施設が残っている?」
「その可能性が高いでしょう」
ガルドは腕を組んだ。
「王城の地下なら、王家が何か知っている可能性があるな」
「ですが」
オリオンが言葉を続ける。
「王家の記録には、そのような施設は一切残されていません」
「じゃあ、どうして?」
「分かりません」
オリオンは少しだけ目を伏せる。
「ただ、星の文明の施設が後世の人間によって意図的に隠された可能性があります」
キーリは地図を見つめた。
王城。その地下。第二観測室。そして第二封印核。全てが繋がっている。
「行こう」
キーリが言った。
「王城の地下へ」
ガルドが頷く。
「俺が許可を取る」
「お願いします」
だが、オリオンはその場から動かなかった。
「一つだけ」
「何?」
「昨日、ヴァルドが言っていたことを覚えていますか?」
「黒星のこと?」
「はい」
オリオンの表情が少しだけ曇る。
「彼は、黒星を『闇の星』と呼びました」
「それが?」
「星の文明の記録にも、同じ言葉が存在します」
キーリが振り返る。
「……え?」
「ただし」
オリオンは静かに続ける。
「意味が違います」
全員が黙った。
「どういう意味なんだ?」
レオンが尋ねる。
オリオンはしばらく考えた。
「まだ確定できません」
「またそれか」
カイトが苦笑する。
「オリオンさん、最近『分かりません』が多くない?」
「申し訳ありません」
オリオンは微笑んだ。
「ですが、私自身も知らないことが増えているのです」
「知らないこと?」
「はい」
その瞬間、キーリの胸元が淡く光った。
十六%。
その星が、一定の間隔で明滅している。
ドクン。
ドクン。
まるで何かを探しているようだった。
「……まただ」
ルミナがキーリを見る。
「何かを感じてる?」
「分からない」
キーリは目を閉じる。
意識を星へ向ける。
すると──遠く遥か地下に何かがある。
青い光。その奥に、黒い影。そしてもう一つ、白い光。
「三つ……?」
「どうしたの?」
ルミナが尋ねる。
「地下に三つある」
「何が?」
「分からない」
キーリは目を開ける。
「でも、三つの何かが繋がってる」
オリオンの表情が変わった。
「……三つですか」
「うん」
「それは重要な情報です」
「何か知ってるの?」
「いえ」
オリオンは首を横に振る。
「ただ、第二封印核だけなら二つしか反応しないはずです」
「じゃあ、三つ目は?」
「それが問題です」
その時、王都の鐘が鳴った。
ゴォォォン。
ゴォォォン。
普段なら時刻を知らせるだけの鐘。しかし、三度目の鐘が鳴った瞬間──地面が揺れた。
「なっ!?」
建物が震える。窓ガラスが一斉に鳴り響く。
通りの人々が悲鳴を上げる。
「地震か!?」
ガルドが叫ぶ。
「違います!」
オリオンが管理結晶を確認する。
「地下です!」
次の瞬間、王城の方向から青白い光が空へ伸びた。
巨大な光柱。
その中心に──一瞬だけ、黒い星の紋章が浮かび上がる。
キーリの星が強烈に反応した。
「……黒星」
ルミナが呟く。
だが、オリオンは首を横に振った。
「違います」
「え?」
「黒星だけではありません」
光柱の中。
黒い星の紋章の隣に、もう一つの紋章が浮かび上がる。
それは──キーリの星と同じ形をしていた。
「星……?」
リディアが呆然と呟く。
そして三つ目。誰も見たことのない紋章が現れる。円。その中心に、一本の縦線。それだけの単純な紋章だった。
しかし。それを見た瞬間──オリオンの顔から笑みが消えた。
「……そんな」
「オリオン?」
「これは」
声が震えている。
「観測機構の紋章ではありません」
「じゃあ何なんだ?」
オリオンは答えない。
ただ、その紋章を見つめている。
やがて、小さく呟いた。
「星の文明が最後に残した、禁制紋です」
キーリの背中に冷たいものが走った。
「禁制紋?」
「はい」
「何を意味する?」
オリオンはゆっくりと顔を上げる。
「それは──」
その瞬間、光柱が消えた。
王都に静寂が戻る。
だが誰も動けなかった。
そして、王城の地下深く。誰も存在を知らなかった扉が。ゆっくりと開き始めていた。
♢♢♢
同じ頃。黒星教団の神殿で、カインは静かに立っていた。
その前には、巨大な黒い水晶。水晶に映っているのは王都。
「開いたか」
カインが呟く。
背後から声がする。
「首座」
振り返る。
そこに立っていたのは、黒い外套を纏った一人の教団員だった。
「王都地下の第二観測室が起動しました」
「そうか」
「星の器も反応しています」
「予定通りだ」
教団員が尋ねる。
「七矮星を派遣しますか?」
「必要ない」
「しかし、星の器が第二観測室へ入れば──」
「構わない」
カインの声は静かだった。
「今は、見せるべきだ」
「何をでしょうか?」
カインは黒い水晶へ手を置く。
その表面に一瞬だけ、巨大な星が映った。
だが、それは空に浮かぶ星ではない。
地下に眠る巨大な何かだった。
「自分が何者なのかを」
黒い水晶が暗闇に沈む。
「ただし」
カインが続ける。
「真実そのものを見せるつもりはない」
「では?」
「選択肢だけを与える」
その声には、微かな笑みがあった。
「選ぶのは、星の器自身だ」
♢♢♢
王城。
キーリ達は兵士に案内され、地下への階段を進んでいた。
王族すら知らないという古い階段。壁には星の文明の文字が刻まれている。
そして、階段を下るほど──キーリの星が強く反応していく。
十六%。
十六・一。
十六・二。
数字が僅かずつ上昇する。
「共鳴率が……」
リディアが驚く。
「勝手に上がってる」
「近付いているからでしょう」
オリオンが答える。
「何に?」
「それは──」
オリオンが階段の先を見る。
そこには巨大な扉があった。扉の中央には三つの紋章。星。黒星。そして──あの禁制紋。
キーリは扉へ近付く。
すると、扉の奥から声がした。
誰かの声ではない。施設そのものが発したような、機械的な声。
『星の器を確認』
『黒星因子を確認』
『第三因子を確認』
キーリの息が止まる。
「第三因子……?」
オリオンが顔を上げる。
『三因子の同時接続を確認』
『封印条件を解除します』
「待ってください!」
オリオンが叫ぶ。
だが、もう遅かった。巨大な扉がゆっくりと開いていく。その奥から冷たい風が吹き抜ける。
そして、暗闇の中で──何かがゆっくりと目を開いた。
キーリの星が、十七%へ到達する。
その瞬間、王都地下に千年以上眠っていたものが、初めて目を覚ました。
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