久しぶり(第88話)
ドクン。
胸の奥で、星が脈打った。
十六%。
たった一%。それだけなのに、世界が違って見えた。
キーリの視界に、無数の光が浮かんでいる。
地下遺跡を走る星脈。
壁の奥を流れる青い光。
そして──その中心。
巨大な何かが、ゆっくりと鼓動している。
「……見える」
キーリが呟く。
その声は、自分でも驚くほど静かだった。
ヴァルドが目を細める。
「へえ」
「何、これ……」
「見えたんだね」
ヴァルドの笑みが深くなる。
「それが第二封印核だよ」
遺跡の最深部。
巨大な扉がゆっくりと開いていく。
ゴゴゴゴゴッ──。
扉の向こうには、広大な空間が広がっていた。空気は冷たく、古代の魔力が霧のように漂っている。
中央に浮かんでいるのは、一つの結晶。第一封印核よりも大きい。
しかし、その表面には無数の亀裂が走っていた。
「これが……第二封印核」
リディアが息を呑む。
その瞳は恐怖と興奮で揺れていた。
「違います」
オリオンが静かに答える。
「正確には、第二封印核を収めている封印装置です」
「じゃあ、本体は?」
キーリが尋ねる。
オリオンは結晶の中心を見る。
「中です」
結晶の内部。
そこに、小さな光が浮かんでいた。
まるで星の欠片。
「……綺麗」
ルミナが呟く。
その声は震えていた。
だがその瞬間、黒い亀裂が結晶全体へ広がった。
「まずい!」
オリオンが叫ぶ。
「全員、下がってください!」
ドンッ!!
黒い衝撃波が放たれる。
キーリ達は一斉に吹き飛ばされた。
「うわああっ!」
ミナが壁へ叩きつけられる。
「ミナ!」
カイトが駆け寄る。
「平気! ちょっと背中打っただけ!」
レオンは剣を地面へ突き立て、衝撃に耐えていた。
「何が起きている!」
「第二封印核が拒絶しています!」
オリオンが叫ぶ。
「何を!?」
「黒星です!」
ヴァルドが笑った。
「さすがだね」
黒い星が、彼の手の中でゆっくりと回る。
「この子は僕を嫌ってるみたいだ」
「なら、どうして近付いた!」
キーリが叫ぶ。
「決まってるじゃないか」
ヴァルドは黒星を見つめる。
「見たかったんだよ」
「何を?」
「星が、黒星をどう拒絶するのか」
キーリは眉をひそめる。
「意味が分からない」
「そうだろうね」
ヴァルドは笑う。
「僕もまだ全部は分からない」
その瞬間、キーリの胸の星が輝いた。
第二封印核の内部にあった光が、それに反応する。
青い光が一気に強くなる。
「キーリ!」
ルミナが叫ぶ。
「触らないで!」
だが、キーリはすでに一歩踏み出していた。
何かに呼ばれている。そんな感覚だった。
怖くない。むしろ懐かしい。知らないはずなのに、知っている。
キーリは結晶へ手を伸ばした。
指先が触れる。その瞬間、世界が白く染まった。
♢♢♢
──星。
無数の星が浮かぶ空間。静かなのに、どこか温かい。その中央に、一人の少女が立っていた。
白い髪。青い瞳。
「また来たのね」
キーリは息を呑む。
「誰?」
「私は──」
少女が振り返る。だが、顔だけが見えない。
光が遮っているようだった。
「記録です」
その言葉と同時に、世界が崩れ始める。
無数の映像が流れていく。
巨大な都市。空を飛ぶ船。星を観測する塔。
そして黒い星。
「黒星が来る」
誰かが叫んでいる。
「観測を中止しろ!」
「間に合いません!」
「封印を開始します!」
映像が切り替わる。
巨大な装置。四つの光。第一。第二。第三。第四。
それぞれが世界のどこかへ散っていく。
だが、最後の瞬間、四つの封印の中央に、もう一つの光が現れた。
黒でもない。青でもない。どちらとも言えない色。
その光を見た瞬間、キーリは息を止めた。
「これは……」
少女が振り返る。
「まだ、選ばれていません」
「何が?」
「世界です」
その瞬間、映像が途切れた。
♢♢♢
「キーリ!」
ルミナの声がして目を開ける。
キーリはその場に膝をついていた。
呼吸が乱れ、心臓が早鐘のように鳴っている。
「大丈夫ですか」
オリオンが駆け寄ってくる。
「うん……」
キーリは息を整える。
「何か見た」
「何をですか?」
「星の文明の記録」
リディアが身を乗り出す。
「何が書かれていたの?」
キーリは答えようとした。
だが、言葉が出ない。記憶が抜け落ちている。
「……分からない」
「え?」
「見たはずなのに」
キーリは頭を押さえる。
「何か大事なことを……」
オリオンは静かに見つめる。
「それ以上、思い出そうとしない方がいいでしょう」
「どうして?」
「記録そのものが、あなたに必要な時まで封じられている可能性があります」
「私に?」
「はい」
オリオンは結晶を見る。
「星の文明は、あなたのような星の器がそこへ到達することを想定していたのかもしれません」
その言葉に、全員が沈黙した。
すると。
「なるほどね」
ヴァルドの声が響く。
彼は楽しそうに笑っていた。
「やっぱり、君は面白い」
キーリが振り返る。
「黒星を見ても壊れない」
ヴァルドの目が細くなる。
「普通なら、もう少し拒絶するんだけどな」
「私はお前とは違う」
「そうかもしれないね」
ヴァルドはあっさり認める。
「だから面白いんだ」
アレスなら、この状況で迷わず斬り込んでくるだろう。
だが、ヴァルドは違った。
戦うことより、キーリを見ることを選んでいる。
「じゃあな」
「え?」
「今日は帰るよ」
ヴァルドが踵を返す。
「待て!」
レオンが追おうとする。
だが。
「動かない方がいい」
ヴァルドが振り返る。
黒い星が、ほんの一瞬だけ輝いた。
地下遺跡の壁が黒く染まる。
レオンが足を止めた。
「……っ」
「今の僕と戦うのは、あまりおすすめしない」
軽い口調だった。
しかし、その言葉に嘘はなかった。
ヴァルドは背を向ける。
「次に会う時は、もう少し強くなっていてよ」
「ヴァルド!」
キーリが叫ぶ。
「お前は何を知ってる!」
ヴァルドは足を止めた。
そして、少しだけ振り返る。
「知ってることなんて、そんなに多くないよ」
笑う。
「ただ──」
その目が、キーリを真っ直ぐ見た。
「君がどんな世界を選ぶのか。それはちょっと見てみたいかな」
その言葉を残し、ヴァルドは闇の中へ消えていった。
「……何なんだ、あいつ」
カイトが呟く。
「敵なのは間違いない」
レオンが剣を収める。
「だが、妙だな」
「はい」
オリオンも頷く。
「彼は第二封印核を破壊できたはずです」
「なのに、しなかった」
「そういうことです」
ルミナがキーリを見る。
「キーリ」
「ああ」
キーリは第二封印核へ向き直る。
亀裂は残っている。
だが、完全には壊れていない。
「まだ間に合う」
その時、第二封印核が淡く輝いた。
『第二封印核』
『星の器との共鳴を確認』
『封印維持率──七十八%』
「上がった……?」
リディアが驚く。
キーリ自身も信じられなかった。
さっきまで六十二%だった。
自分が触れただけで、封印が回復した。
そして。
『共鳴率』
『十六%』
『適合状態を更新』
キーリは胸元を押さえる。
ほんの少しだけ、星が目を覚ました気がした。
だが、その奥には、まだ巨大な何かが眠っている。
十六%。
それは力の一部でしかない。
そしてキーリ達は、まだ知らなかった。
第二封印核が守っているものが、単なる封印ではないことを。
♢♢♢
王都から遠く離れた場所。
黒い神殿。その最深部。玉座に座る男が、静かに目を開けた。
黒い霧が足元から這い上がる。
「……第二封印が反応したか」
黒星教団。
首座。
黒霧のカイン。
その声に、傍らの男が跪く。
「はい」
「星の器が触れたのか」
「そのようです」
カインはしばらく沈黙した。
そして。
「予定より早いな」
低い声が響く。
「では、こちらも動かすとしよう」
「七矮星を?」
「まだだ」
カインは首を横に振った。
「彼らを動かす必要はない」
「では?」
「まずは一つ」
黒い霧が玉座の周囲に広がる。
「王都の地下に眠る、もう一つの扉を開けろ」
「……もう一つ?」
「ああ」
カインは静かに笑った。
「星の器には、まだ見せるべきではない」
「何を、でしょうか」
「この世界が」
黒い霧の向こうで、カインの瞳が光る。
「何を封じているのかを」
♢♢♢
その頃、王都地下。誰もいない通路。
ヴァルドが一人で歩いていた。
その顔から、先ほどまでの笑みは消えている。
「……面白いな」
手の中の黒星を見つめる。
黒星は微かに震えていた。
「君も、あの子を気に入ったのかい?」
答えはない。
ヴァルドは笑う。
「僕も同じだよ」
そして、彼は一度だけ、背後を振り返った。
「星の器。君が選ぶ世界……」
その言葉を呟き。再び歩き始める。
まだ誰も知らない。その男がいつか黒星教団の敵になるのか。それとも、最後まで敵であり続けるのか。
ただ一つ確かなことがある。物語はもう、後戻りできない場所まで進み始めていた。
おもしろかったら評価、ブックマークよろしくお願いします




