地下へ(第87話)
王都の門を抜ける。
その瞬間、キーリ達は違和感に気付いた。
──人が少ない。
王都は本来、昼夜を問わず人の声が響いている。
商人の呼び声。馬車の車輪の音。子供達の笑い声。
それらが、妙に遠かった。
まるで、王都全体が息を潜めているようだった。
「……静かすぎない?」
ミナが周囲を見回す。
彼女の肩はわずかに強張り、指先が落ち着きなく揺れていた。
カイトも短剣に手を添え、低く呟く。
「俺もそう思う」
レオンが立ち止まり、周囲の空気を読むように目を細めた。
「ガルド」
「ああ」
ガルドは通りの先を見る。
その視線は鋭く、軍人としての直感が警鐘を鳴らしていた。
「王都の中心部へ向かうほど、人の気配が薄くなっている」
「避難命令でも出ているんでしょうか」
リディアが不安そうに呟く。
彼女の声は震えていた。
その時、遠くから兵士が走ってきた。
鎧の音が乾いた通りに響き、緊張をさらに高める。
「ガルド将軍!」
「何があった」
「地下区画で異常が発生しています!」
兵士は息を切らしながら報告する。
額には汗が滲み、恐怖が隠しきれなかった。
「地下水路の一部が崩落。その後、王都全域で魔力反応が観測されています」
「規模は?」
「通常の魔力災害とは比較になりません」
兵士の声が震える。
「地下から……星の力が漏れています」
キーリの胸が熱くなった。
星が反応している。
まるで、地下から呼ばれているようだった。
「第二封印核……」
オリオンが頷く。
「恐らく間違いありません」
ガルドが兵士へ尋ねる。
「地下へ入った者は?」
「王国の調査隊が向かいました。しかし──」
兵士の顔が強張る。
「戻ってきた者はいません」
その言葉に、空気が凍った。
「……何人だ」
「二十七名です」
ミナが息を呑む。
「全員?」
「はい」
キーリは拳を握った。
胸の奥に冷たいものが広がる。
ただの封印核ではない。
何かが待っている。
「オリオン」
「はい」
「地下へ行けば、第二封印核があるんだな?」
「反応だけを見れば、ほぼ確実です」
「じゃあ行こう」
オリオンは少しだけ目を伏せた。
その瞳には、言いようのない不安が揺れていた。
「……分かりました」
「何かあるのか?」
「いえ」
オリオンは微笑む。
だが、その笑みはどこか硬い。
「ただ、地下遺跡が現在の王都より古い可能性があります」
「王都より?」
「はい」
その言葉にリディアが反応した。
「つまり、王都が建設される前から存在していた?」
「その可能性があります」
オリオンは王都の地下を見つめる。
その視線は深い闇を覗き込むようだった。
「もしそうなら、第二封印核がそこにある理由も変わってきます」
「どういうこと?」
ルミナが尋ねる。
「封印核を王都へ運んだのではなく」
オリオンが静かに続ける。
「王都そのものが、第二封印核を守るために造られた可能性があります」
全員が言葉を失った。
王都。この巨大な都市そのものが、一つの封印だった。
「……冗談だろ」
カイトが呟く。
「王都全部が遺跡ってことか?」
「まだ断定はできません」
オリオンは首を横に振る。
「ですが、否定する材料もありません」
その時だった。
ズン。
地面が揺れた。
通りの石畳が一斉に震え、建物の窓が鳴り、遠くで悲鳴が上がった。
「何だ!?」
ガルドが叫ぶ。
次の瞬間。
地面に、一本の亀裂が走った。
亀裂の奥から青白い光が漏れ出す。
しかし、その光には黒い線が混じっていた。
「灰化……」
ルミナの顔が青ざめる。
「こんな場所まで……」
オリオンが管理結晶を取り出した。
「灰化反応を確認」
いつもの穏やかな声だった。
だが、その表情は険しい。
「しかも、自然発生ではありません」
「どういう意味だ?」
「誰かが意図的に、封印へ干渉しています」
全員が沈黙する。
その答えを知っている。
黒星教団。
「急ぎましょう」
キーリが剣を抜いた。
「第二封印核を奪われる前に」
♢♢♢
王都地下。
そこには、地上とはまるで別の世界が広がっていた。
古代の石壁。
巨大な柱。
壁面に刻まれた星の文明の文字。
空気は冷たく、湿り気を帯び、遠くで水滴が落ちる音が響いていた。
リディアは思わず足を止めた。
「……こんな場所が」
壁に触れる。
石は冷たく、長い年月を感じさせた。
「全部、本物です」
「読めるのか?」
「一部だけ」
リディアは指で文字をなぞる。
「これは……王都の建設記録ではありません」
「何の記録?」
「封印についてです」
キーリが近づく。
「読んでくれ」
リディアが文字を読み上げる。
「第一封印は空へ。第二封印は地へ。第三封印は記憶へ。第四封印は──」
そこで止まった。
「何だ?」
「読めません」
「消えてるのか?」
「違います」
リディアの顔から血の気が引く。
「文字そのものが……書かれていません」
オリオンが壁を見る。
「……なるほど」
「何かわかったんですか?」
「いえ」
オリオンは首を振る。
「まだ分かりません」
その言葉に、キーリは少し驚いた。
オリオンが「分からない」と言うことは珍しい。
「ですが、一つだけ」
オリオンは壁に手を添える。
「この記録を書いた者は、第四封印について意図的に情報を残していません」
「意図的に?」
「はい」
その瞬間、奥から音がした。
カツン。
カツン。
誰かが歩いている。
全員が武器を構えた。
「来るぞ」
レオンが前へ出る。
暗闇から現れたのは、黒い外套を纏った男だった。
銀色の瞳。細い笑み。
「やあ」
シオンだった。
「久しぶりだね、星の器」
キーリが剣を構える。
「シオン……!」
「そんな怖い顔をしなくてもいいじゃないか」
シオンは肩をすくめる。
「今日は君と戦いに来たわけじゃない」
「じゃあ何しに来た」
「確認だよ」
シオンの銀眼が光る。
その視線が、キーリの身体を貫くように走った。
「……なるほど」
シオンが笑う。
「まだ開いていない」
「何がだ?」
「君の中にあるもの」
キーリの胸がざわついた。
星が微かに震える。
シオンはそれ以上説明しなかった。
「でも、面白いね」
銀眼が再び輝く。
「前に見た時より、綻びが一つ減っている」
ルミナが警戒する。
「何の話?」
「君にはまだ分からないよ」
シオンは楽しそうに笑う。
「僕にも、全部は見えないからね」
その言葉に、オリオンが反応した。
「シオン」
「おや」
シオンがオリオンを見る。
「君がいるとは思わなかった」
「こちらも同じです」
「そう?」
シオンは目を細める。
「なら、今度は君に聞こうか」
「何でしょう」
「第二封印を開けるつもり?」
オリオンの表情が僅かに変わった。
「……開けるつもりはありません」
「じゃあ、閉じる?」
「そのために来ました」
「ふうん」
シオンは少しだけ笑った。
「それなら急いだ方がいい」
「何?」
シオンが奥の通路を見る。
「もう一人、来ているから」
ズンッ!!
その瞬間、地下全体が大きく揺れた。
天井から大量の砂埃が落ちる。
「何だ!?」
ガルドが叫ぶ。
シオンは楽しそうに笑った。
「ほら」
遠くから、低い音が響く。
ドン。
ドン。
ドン。
まるで巨大な何かが歩いているような音。
キーリの星が激しく輝いた。
『警告』
『第二封印核への干渉を確認』
『封印維持率──六十二%』
「六十二……?」
リディアが息を呑む。
「さっきまで九十%以上だったはずです!」
オリオンが管理結晶を見る。
「急速に低下しています」
「誰がやってるんだ!?」
キーリが叫ぶ。
シオンが答えた。
「誰だと思う?」
銀眼が暗闇を捉える。
「君達が一番よく知っている人物かもしれないよ」
その瞬間、暗闇の奥から、黒い炎が一筋走った。
石壁が一瞬で焼け落ちる。
全員が息を呑む。
「……黒炎?」
レオンが剣を構える。
しかし、そこから現れた人物はラグナではなかった。
黒い外套。白髪。底の見えない笑み。
「やっぱりここにいたんだ」
ヴァルドだった。
「久しぶりだね、星の器」
キーリが剣を構える。
「ヴァルド……!」
ヴァルドは楽しそうに笑う。
「そんな怖い顔するなよ」
その手に、黒い光が集まっていく。
「今日はちょっと、確かめたいことがあるだけだからさ」
黒い光が、星のように浮かび上がる。
それはキーリの星とは正反対の輝きを放っていた。
オリオンが小さく呟く。
「……黒星」
ヴァルドの笑みが深くなる。
「そう」
黒い星がゆっくりと回転する。
「これが、僕の星だよ」
地下遺跡全体が震え始める。
そして、第二封印核の眠る最深部で、何かが目を覚ました。
青い光。黒い光。二つの星が、互いを呼ぶように輝き始めた。
キーリの胸の奥で、まだ眠っている何かが、初めて明確に鼓動した。
ドクン。
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