第二の星(第86話)
蒼い光がゆっくりと消えていく。
星導転移陣の余韻が空気に残り、周囲の草木がわずかに揺れた。転移の衝撃で地面に膝をついたキーリ達は、しばらく呼吸を整えるしかなかった。長距離転移の負荷は、身体の奥底まで響く。
「はぁ……本当に助かった」
ミナはその場に座り込み、肩で息をしながら空を仰ぐ。額には汗が滲み、指先はまだ震えていた。
「もう二度と災害級なんて聞きたくない」
「俺は星喰竜って名前を忘れることにした」
「無理だと思いますよ」
オリオンが苦笑する。だがその目には、まだ戦いの余韻が色濃く残っていた。
「恐らく、今後も関わることになるでしょう」
「最悪じゃないか!」
カイトの叫びに、場の空気が少しだけ軽くなる。
しかし、その笑みはすぐに消えた。
ラグナが残った。
第四封印で戦い続けるアルクスもそうだ。
自分達の見えない場所で、命を懸けている者達がいる。
その事実が、胸の奥に重く沈んでいた。
「キーリ」
ルミナが静かに声を掛ける。彼女の瞳は、心配と優しさが混じった揺らぎを宿していた。
「どうしたの?」
「まだ考えてるの?」
「ああ」
キーリは王都の方角を見つめる。遠くに見える空は澄み渡り、雲がゆっくりと流れていた。だが、その美しさが逆に胸を締め付ける。
「ラグナの言葉が少しだけ気になってさ」
『お前が守りたいものを、最後まで見失うな』
敵であるはずの男が、自分の未来を案じるような言葉を残した。
その声が、まだ耳の奥に残っている。
アルクスも、フィリアも、そしてカインさえも。
立場は違うのに、皆がキーリへ同じような言葉を残していく。
「本当に敵と味方だけの話じゃないんだね」
「そうなのかもしれません」
オリオンが静かに頷く。彼の横顔は、どこか寂しげだった。
「星の文明も、黒星教団も、目指しているものは同じなのかもしれませんね」
「世界を守ること?」
「ええ。ですが、その方法が違うのでしょう」
その言葉は、風に溶けるように静かだった。
守りたいものは同じ。それなのに、剣を交えなければならない。
それが、この世界の真実なのかもしれない。
「さて」
ガルドが立ち上がる。彼の影が長く伸び、揺れた。
「感傷に浸るのは後だ。王都へ向かうぞ」
「了解」
一行は王都への道を歩き始める。
草原を渡る風が心地よく、遠くで鳥の声が響いていた。
王都へ戻るのは久しぶりだった。だが、今回はいつもとは違う。星導結晶が示した場所。王都地下遺跡。そこには第二封印核へ繋がる手掛かりが眠っている。
そして、黒霧のカインもまた、王都を見つめている。
何かが始まろうとしていた。
♢♢♢
三日後。
王都の巨大な城壁が見えてきた。
朝日を受けて白い石壁が輝き、まるで希望そのもののようだった。
「ようやく帰ってきたな」
「やっぱり王都は落ち着くわね」
ミナが嬉しそうに伸びをする。
街道には商人達の声が響き、荷馬車が行き交い、人々の笑顔が広がっていた。
何気ない日常。
だからこそ、守りたいと思える景色だった。
「これが失われることだけは、嫌だな」
キーリがぽつりと呟く。
その声は、風に溶けるほど小さかった。
「そうですね」
オリオンが静かに微笑む。
彼の視線もまた、王都の賑わいへ向けられていた。
「だからこそ、皆が戦っているのでしょう」
その時だった。キーリの胸元にある星が淡く輝き始める。
光は脈動し、心臓の鼓動と重なるように震えた。
『第一管理権限を確認』
『星導結晶との共鳴反応を確認』
「またですか」
「最近よく喋るようになったね」
「それだけ重要な場所に近付いているということかもしれません」
オリオンの言葉と同時に、新たな文字が空中へ浮かび上がった。
『王都地下より高濃度星脈反応を確認』
『第二封印核との適合率──九一%』
「九一%!?」
「かなり高いな」
リディアが驚いたように目を見開く。
その瞳には、期待と不安が入り混じっていた。
「つまり、第二封印核が王都の地下にある可能性が高いということですか?」
「その可能性は高いでしょう」
オリオンが静かに頷く。
だが、その眉間には深い皺が刻まれていた。
「ですが、一つ気になることがあります。観測機構の記録には、第二封印核の所在は残されていませんでした」
「じゃあ、どうして王都なの?」
「分かりません」
オリオンは僅かに表情を曇らせる。
その横顔は、真実に手が届かない焦りを隠していた。
「ですが、何者かが第二封印核を王都へ移した可能性はあります」
「何者かって」
「千年前の星の文明か、それとも」
そこで言葉を切る。
空気がわずかに重くなる。
「黒霧のカインかもしれません」
「!」
その名が出た瞬間、周囲の空気が張り詰めた。
誰もが息を呑む。
カインは姿を現していない。
だが、確実に物語の裏側で動いている。
そして誰よりも多くの真実を知っている。
「どうしてカインが?」
「分かりません。ですが、彼は第二封印核の存在を知っています。偶然とは思えません」
重い沈黙が流れる。
風の音さえ遠く感じられた。
すると突然、星導結晶が今まで以上の輝きを放ち始めた。
光は鋭く、まるで警告の鐘のようだった。
『警告』
『未確認反応を検知』
『王都地下遺跡への侵入者を確認』
「侵入者?」
「王国軍の人間じゃないの?」
「違います」
文字が次々と浮かび上がる。
『個体情報を検索』
『七矮星との関連性を確認』
「なっ!?」
『第三席──黒眼のシオン』
「シオンだと!?」
「どうして王都に!」
空気が一気に緊迫する。
シオンは第三封印を破壊した男。その男が今度は王都地下遺跡へ侵入している。
『追加情報』
『対象は単独行動ではありません』
「まだいるのか!?」
『個体名称──不明』
『黒星教団所属を確認』
『危険度──特級』
「新しい幹部ですか」
「その可能性は高いでしょう」
オリオンの表情も険しくなる。
彼の手は無意識に剣の柄へ伸びていた。
「最悪のタイミングだな」
レオンが剣の柄へ手を添える。
その瞳は戦士のものへと変わっていた。
「第二封印核を狙っているのか?」
「恐らく」
「だとしたら急がないと!」
ルミナが不安そうにキーリを見る。
その瞳は揺れ、震えていた。
王都を守るためにも、第二封印核を奪われるわけにはいかない。
すると、その時だった。
『追加情報』
『王都地下最深部にて、新たな反応を確認』
『名称──第二の星』
「第二の星?」
キーリは思わずその文字を見つめる。
胸の奥が熱くなる。
何かが、自分を呼んでいる。
「そんなもの、聞いたことがありません」
オリオンが珍しく驚いた表情を浮かべる。
その瞳は揺れ、真実を求めていた。
『星の器よ』
『第二の星が、あなたを待っています』
文字はそれだけを残し、ゆっくりと消えていく。
第二の星。第二封印核。そして、王都地下遺跡へ侵入した黒星教団。全ての歯車が、少しずつ動き始めていた。
誰よりも早く真実へ辿り着くのは星の器か、それとも、黒霧のカインなのか。
物語は新たな局面へと歩みを進める。
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