王都地下(第85話)
「災害級だと……」
レオンの表情が険しくなる。
星喰竜の巨大な影が地面を覆い尽くし、空気そのものが重く沈んでいく。
これまで戦ってきた黒星化した魔物や守護兵とは、明らかに格が違った。
ただ立っているだけで、肌を刺すような圧力が全身を締め付ける。
「オリオン、本当に幼体なのか?」
「ええ。記録に間違いがなければ、ですが……」
オリオンの声は柔らかいが、震えが混じっていた。
「成体になったらどうなるんだ?」
「……聞かない方がいいと思います」
「それ、絶対聞いた方が駄目なやつじゃないか!」
カイトが顔を青くする。
その時、星喰竜の黄金色の瞳がキーリを捉えた。
その瞳は、獲物を見つけた捕食者のそれだった。
ゴォォォォォ!!
凄まじい咆哮が空気を裂く。
星喰竜の身体を覆う灰色の紋様が不気味に輝き、周囲の光を吸い込むように脈動する。
『警告』
『星の力の吸収を確認』
『周囲の星の文明反応が消失しています』
「星を喰ってるのか!」
「まずい!」
ルミナが叫ぶ。
「この子、星の力を食べてる!」
「つまりキーリとは最悪の相性ってことか」
「それだけじゃありません」
オリオンの額に冷や汗が流れる。
「星導結晶の反応が急激に低下しています!」
「何だって!?」
「長く戦えば、キーリの星の力そのものを喰われる危険があります!」
キーリは静かに星剣を構える。
胸の奥が熱くなる。
恐怖ではない。
戦わなければという焦りだった。
「だったら、短期決戦だ!」
「馬鹿を言うな!」
珍しくガルドが怒鳴った。
その声には、仲間を守りたいという強い意志が宿っていた。
「相手は災害級だ! 今のお前が戦う相手ではない!」
「でも!」
「忘れるな!」
ガルドの言葉がキーリを止める。
「アルクスは何と言った?」
「!」
『生きて未来へ進むこともまた、お前達の役目だ』
「……」
「力が足りない時は退くことも強さだ。それが仲間を守ることにも繋がる」
キーリは唇を噛み締める。
悔しい。
だが、ガルドの言葉は正しかった。
第四封印でも同じだった。
今の自分では届かない場所がある。
だからこそ、もっと強くならなければならない。
「でも、逃げられるの?」
レオンが周囲へ視線を向ける。
星喰竜は完全にこちらを敵として認識している。
このまま王都方面へ向かわせるわけにもいかない。
すると、その時だった。
『星導結晶が新規機能を解放します』
「今度は何だ!?」
『緊急回避機能を限定解放』
『星導転移陣を展開します』
キーリの手にある星導結晶から蒼い光が溢れ、無数の文字が浮かび上がる。
『使用条件──共鳴率十六%以上』
『使用可能回数──一回のみ』
「転移?」
「どこへだ?」
『王都への緊急転移が可能です』
「王都!」
「まさか、このために……?」
オリオンが驚愕の表情を浮かべる。
「アルクスはここまで予測していたというのですか……」
「だけど全員転移できるの?」
『対象人数──八名』
『使用後、星導結晶は二十日間の機能停止状態となります』
「つまり、一度しか使えないってことか」
「十分だ!」
レオンが剣を構える。
「キーリ! 準備をしろ!」
「みんな!」
「言われなくても!」
「早くしなさい!」
ミナとカイトが笑みを浮かべる。
その笑みは、恐怖を押し返すためのものだった。
しかし、その瞬間。
星喰竜が大きく翼を広げた。
空気が震え、地面が沈む。
「まずい!」
『超高密度エネルギー反応を確認』
『危険度──極大』
「ブレスか!」
「全員、防御態勢!」
漆黒の光が星喰竜の口元へ集束していく。
それは黒星とも灰化とも違う、星そのものを喰らい尽くす力だった。
「間に合わない!」
ルミナが絶望的な表情を浮かべた、その時だった。
──ドォォォォォン!!
一筋の黒炎が空を切り裂き、星喰竜の頭部へ叩き込まれる。
「なっ!?」
「何だ!?」
「随分と面白いものが出てきたな」
聞き覚えのある声だった。
漆黒の外套を翻しながら、一人の男が巨大な岩の上へ降り立つ。
「まさか!」
「ラグナ!?」
七矮星第一席。
黒炎のラグナが、不敵な笑みを浮かべてそこに立っていた。
「どうしてここに!」
「そんなもの決まっている」
ラグナは黒剣を肩に担ぎ、星喰竜を見つめる。
「面白そうだったからだ」
「理由が最悪だ!」
カイトが思わず叫ぶ。
「安心しろ。今日は貴様らと戦うつもりはない」
「本当か?」
「ああ」
ラグナは静かにキーリへ視線を向ける。
「星の器。貴様にはまだ死んでもらっては困る」
「どういう意味だ?」
「言ったはずだ。俺は貴様を高く評価している」
「!」
「それに──」
ラグナの瞳が僅かに鋭くなる。
「そいつはまだ目覚めてはならない存在だ」
「星喰竜を知っているのか?」
「ああ。知っているとも」
「なら教えてくれ!」
「断る」
「何でだよ!」
「それは貴様が知るべきことではない」
「みんな同じことしか言わないな!」
キーリが叫ぶと、ラグナが僅かに吹き出した。
「ははは! 確かにな」
「笑い事じゃない!」
「だが、一つだけ教えてやろう」
ラグナの表情が真剣なものへと変わる。
「星喰竜は黒星ではない。灰化でもない。そして。星の文明が最後まで討てなかった存在の一つだ」
「!!」
「そんな化け物なのか」
「ああ。もし成体が目覚めれば、この世界は七日と持たん」
その言葉に全員が息を呑む。
「だからこそ」
ラグナは黒剣を抜き放つ。
「今は俺が相手をしてやる」
「お前が?」
「勘違いするな」
「?」
「これは世界を守るためだ」
その言葉は、黒星教団の思想と同じものだった。
だが、ラグナの瞳には確かな意志が宿っていた。
「キーリ」
「何だ?」
「強くなれ」
「!」
「今のお前では、この世界の真実に届かん」
「……ああ」
「そして次に会う時までに、俺を超えてみせろ」
「簡単に言うなよ」
「簡単なことなど、一度も言った覚えはない」
ラグナは不敵に笑う。
「行け」
「だが忘れるな。お前が守りたいものを、最後まで見失うな」
その言葉に、キーリは静かに頷いた。
「みんな! 転移を開始する!」
『星導転移陣を起動します』
蒼い光がキーリ達を包み込んでいく。
最後に見えたのは、巨大な星喰竜へと向かって黒炎を纏い駆け出すラグナの背中だった。
「七矮星第一席──黒炎のラグナ。推して参る!」
黒炎が空を染め上げる。
そして、その戦いの結末を知る者はまだ誰もいない。
一方、王都地下深く。
「……始まったか」
黒霧のカインは静かに微笑む。
「星喰竜まで目覚め始めたか。やはり時間は残されていない」
その視線の先には、巨大な封印の扉が眠っていた。
「星の器よ。急げ。お前が遅れれば、この世界は誰も救えなくなる。それでも、お前は答えを選ばなければならない」
物語は新たな局面へと進み始める。
第二封印核。
王都地下遺跡。
そして、星の文明が最後まで隠し続けた真実。
その全てが、王都で繋がろうとしていた。
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