星喰竜(第84話)
王都への帰還が決まった翌日、観測機構の出口へ向かう通路は、いつもより静かだった。
壁面に刻まれた星の文明の文字は淡く揺らめき、まるで第四封印の崩壊を悼むように光を弱めている。
第四封印区画での戦いは、彼らに多くの真実と新たな謎を残した。
第二封印核。星導結晶。そして、黒霧のカインが観測する王都。
「残り三十日か」
キーリが静かに呟く。
その声は、覚悟と焦りの狭間で揺れていた。
「短いようで長い。長いようで短いな」
レオンが腕を組みながら答える。
その表情には、戦士としての冷静さと、仲間を守りたいという思いが滲んでいた。
「少なくとも、のんびり旅をしている時間はなさそうだ」
「でも、少しは休みたいよ!」
ミナが大きく伸びをする。
その仕草は、緊張の続いた身体をほぐすようだった。
「第四封印なんて二度と行きたくないわ」
「俺は三日は寝たい」
「カイトは一年くらい寝てそうだけどね」
「否定できない!」
いつものやり取りに、一同の表情が少しだけ和らぐ。
その笑いは、恐怖と疲労の中でほんのわずかに灯る温かい光だった。
その時だった。
キーリの持つ星導結晶が、再び淡く輝き始める。
「また反応してる!」
「今度は何だ?」
『第一管理権限を確認』
『星導結晶の部分解放を開始します』
「部分解放?」
淡い蒼光が結晶から溢れ、空気が震える。
『適合者の能力測定を開始』
『共鳴率──十六%』
『星剣適合率──八二%』
『精神適合率──九五%』
『総合評価──適合』
「精神適合率?」
「そんなものまで分かるのか……」
オリオンが興味深そうに星導結晶を見つめる。
その瞳は研究者のそれであり、同時に星の文明の遺産を前にした敬意も宿していた。
『新規機能を解放します』
『星導指南機能を限定解放』
「星導指南?」
次の瞬間、星導結晶から蒼い光が溢れ出し、キーリの前へ無数の文字が浮かび上がった。
『星剣技の演算補助が可能となりました』
『共鳴率二〇%未満のため、一日一回のみ使用可能』
「新しい力か!」
「つまり?」
「簡単に言えば、星剣技をより効率的に扱えるようになるってことだと思います」
オリオンが文字を確認しながら答える。
「例えば?」
「今まで七割の力しか出せなかった技を、八割や九割まで引き出せるようになります」
「それはかなり大きいな」
レオンも感心したように頷く。
「つまり、キーリが少しだけ強くなるってこと?」
「少しどころじゃないと思うよ」
ルミナが微笑む。
「今のキーリって、力を使いこなせてるのはほんの一部だもの」
「まだまだ伸びしろだらけってことなんだね」
「そういうこと」
その言葉に、キーリは少しだけ苦笑した。
「先は長そうだな」
「二〇%なんて通過点だろう」
ガルドが静かに言葉を続ける。
「お前が本当に向き合うことになるのは、その先だ」
「その先?」
「星の器としての選択だ」
その言葉に、その場の空気が少しだけ重くなる。
星か。世界か。それとも、別の答えか。
今のキーリにはまだ分からない。
「まあ、その前に王都だね!」
カイトが空気を変えるように笑う。
「美味い飯と柔らかいベッドが待ってる!」
「それが一番の目的じゃないでしょうね?」
「五割くらいは」
「半分もあるのか!」
ミナのツッコミに、一同から笑い声が漏れる。
その時だった。オリオンの足が止まる。
「どうした?」
「静かすぎます」
「え?」
「この辺りには魔物が多く生息している。ですが、先程から一体も気配がありません」
「確かに」
レオンも周囲へ視線を巡らせる。
「何かがおかしい」
「まさか」
ルミナの表情が曇る。
「黒星?」
「分かりません」
その直後だった。
ズズズズズッ──。
地面の下から、不気味な音が響き始める。
空気が震え、地面が波打つように揺れる。
「何だ!?」
「下だ!」
轟音と共に地面が砕け散り、巨大な何かが姿を現した。
「うそだろ……」
それは、全長十五メートルを超える漆黒の竜だった。
だが、その身体には無数の灰色の紋様が刻まれ、星の光を吸い込むように揺らめいている。
「竜種だと!?」
「いや、違います!」
オリオンが叫ぶ。
「あれは黒星でも灰化でもありません!」
「何だって!?」
『未確認生命体を確認』
『危険度──災害級』
「災害級!?」
「特級のさらに上かよ!」
『名称を検索』
『一致する記録を確認』
『個体名称──星喰竜』
「星を喰う竜?」
「そんな存在、記録にも残っていないぞ!」
『星の文明指定危険種』
『討伐指定──最上位』
『単独討伐推奨戦力──共鳴率五〇%以上』
「五〇%だと!?」
「今のキーリの三倍じゃないか!」
その場に緊張が走る。
しかし、次の言葉はさらに衝撃的だった。
『追加情報』
『当個体は幼体です』
「……は?」
「幼体?」
「これで?」
『成体確認時、世界崩壊危険度──SSS』
「聞かなかったことにしたい!」
カイトが悲鳴を上げる。
星喰竜がキーリを見つめ、大きく咆哮した。
ゴォォォォォォォォッ!!
その咆哮だけで周囲の星の文明の文字が消滅していく。
「星の力を喰らってる!?」
「まさか!」
『警告』
『星喰竜が星導結晶へ反応』
『対象を星の器と認識』
『極めて危険』
「つまり?」
「つまり、キーリを食べに来たってことだ!」
「最悪じゃないか!」
レオン達が一斉に武器を構える。
だが、オリオンだけは別のことを考えていた。
星喰竜……何故この時代に存在している?
星の文明が最も恐れていたもの。
灰化とは別の脅威。
そして、黒霧のカインだけが知る真実。
その全てが少しずつ繋がり始めていた。
「まさか……本当の敵とは」
オリオンの呟きは、誰にも聞こえることはなかった。
一方、遥か遠く王都では、一人の男が静かに微笑んでいた。
「目覚めたか」
黒い霧に包まれた玉座。
七矮星第二席、黒霧のカイン。
「これで盤面が揃い始めた。星の器よ。お前は何を選ぶ。星か。世界か。それとも──誰も選ばないという答えか」
カインの視線は、王都の地下深くへと向けられていた。
そこには、巨大な扉が静かに眠っている。
そして、その扉の向こうからは、微かに星の鼓動が響いていた。
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