最後の守護者その一人(第81話)
「……蒼い瞳」
キーリは目の前の男を凝視した。
その瞳は、星空の中心にある一点の光のように、静かでありながら底知れない深さを湛えていた。
男は三十代半ばほどに見える。長い銀髪を後ろで束ね、黒と白を基調とした衣を纏っている。その衣には星の文明の文字が淡く刻まれ、光の粒が流れるように揺らめいていた。
まるで衣そのものが星の力を呼吸しているかのようだった。
「星の文明の人間なの?」
キーリの声は自然と低くなる。
胸の奥で、何かがゆっくりと形を成し始めていた。
「半分は正解だ」
男は静かに微笑んだ。
その微笑みは柔らかいが、どこか寂しさを含んでいる。
「半分?」
「私もまた、お前達と同じく星に選ばれた者だ」
「星の器なの!?」
ルミナが驚きの声を上げる。
その声は星空に吸い込まれるように響いた。
「そう呼ばれていた時代もあった」
「時代もあった?」
「もう千年以上も前の話だ」
その言葉が落ちた瞬間、空気が凍りついた。
星々の光さえ、一瞬だけ揺らぎを止めたように見えた。
「千年以上!?」
「そんなことがあり得るのか!」
レオンが剣を構え、足を半歩引く。
その動きには本能的な警戒が滲んでいた。
「警戒するのは当然だな。だが安心しろ。私は敵ではない」
「敵は皆そう言うものだ」
ガルドが低く唸るように言う。
その視線は獣のように鋭かった。
男は苦笑し、ゆっくりと頭を下げた。
「それもそうだ。私の名はアルクス」
「アルクス……」
「星の文明最後の守護者の一人だ」
「最後の守護者!?」
オリオンが目を見開く。
柔らかい口調のまま、しかし驚きが隠しきれない。
「まさか、生き残りがいたのですか……」
「生きているという表現は少し違うな」
「どういう意味だ?」
「私は肉体の大半を星装置へと変換した存在だ」
「!」
その言葉は、理解を拒むほど重かった。
キーリは胸の奥がざわつくのを感じる。
人間が星装置になる──そんなことが本当に可能なのか。
「星の文明最後の日、我々は滅びを受け入れた。しかし、未来へ真実を託す者が必要だった」
アルクスは静かに水晶柱へ視線を向ける。
フィリアが眠っていた場所。その光はまだ微かに揺れていた。
「フィリアは記録を遺した。そして私は、待ち続けた。星の器が現れる日を」
キーリの胸が強く締め付けられる。
まただ。また、自分がここへ来ることを知っていた者がいる。
『星の器よ、世界を選べ』
その言葉が、脳裏でゆっくりと形を変えながら響く。
「一つ聞かせて」
「何だ?」
「どうして皆、私を待っていたの?」
「それはお前が──」
アルクスは一瞬だけ言葉を止めた。
その瞳が揺れる。
「いや、今はまだ語るべきではない」
「またそれか!」
カイトが叫ぶ。
「この世界の大人は秘密主義なのか!」
「すまない」
「絶対楽しんでるだろ!」
「少しだけな」
「楽しんでるじゃねぇか!」
張り詰めていた空気が少しだけ和らぐ。
ミナが小さく吹き出し、レオンでさえ苦笑を浮かべた。
だが、アルクスの表情が再び引き締まる。
「だが、一つだけ教えよう。黒霧のカインには気を付けろ」
「カインを知っているのか?」
「ああ。私は彼を知っている」
「敵だったのか?」
「違う」
「何?」
「かつて、彼は我々の仲間だった」
「!?」
その言葉は、雷のように全員の胸を打った。
「そんな馬鹿な!」
「黒霧のカインが星の文明の仲間だっただって!?」
「正確には違う。だが、彼もまた我々と同じ景色を見ていた」
「どういうことだ?」
「彼もまた、この世界を救おうとした一人だ」
キーリ達は言葉を失った。
七矮星を統べる男。黒星教団の首座。
最大の敵である男が、世界を救おうとしている。
フィリアも同じことを語っていた。
「ならどうして!」
「道を違えたからだ」
アルクスは悲しげな表情を浮かべる。
「救うためには、何かを捨てなければならない。彼は選んだ。そして我々は違う答えを選んだ」
「選択の違い……」
「いずれ、お前達にも選択の時が来る」
アルクスはキーリへ真っ直ぐ視線を向ける。
その瞳は、千年の重みを宿していた。
「だからこそ、お前には急いでほしくない」
「急いでほしくない?」
「ああ。世界には善も悪も存在する。だが、それだけでは語れないものもある」
「……」
「もし、いつの日かカインと出会ったなら。彼の言葉にも耳を傾けろ」
「敵なのに?」
「だからだ」
アルクスは静かに微笑む。
「最も恐ろしいのは、何も知らずに答えを出してしまうことだからな」
その時だった。
『警告』
『灰化侵食率七十二%を確認』
『第四封印最深部の封印障壁に異常』
「何ですって……!」
オリオンの表情が変わる。
『警告』
『封印内部より生命反応を確認』
『個体数──一』
「封印の中から!? そんな馬鹿な!」
アルクスの顔から笑みが消える。
「予想より早いな」
「何が起きている!」
「第四封印が目覚め始めている」
「目覚める?」
「本来なら有り得ないことだ」
「何が封印されているんだ!」
「まだ言えない」
「またか!」
「本当にすまない」
「少しは申し訳なさそうに言ってくれ!」
カイトの叫びに、アルクスが困ったように苦笑する。
だが、次の言葉には一切の冗談がなかった。
「ただ一つだけ言える」
「何だ?」
「もし第四封印が完全に目覚めれば、この観測機構は消滅する」
「!?」
「そして、その侵食は世界へ広がる」
「そんな!」
「だからこそ第二封印核が必要なのだ」
「第二封印核が?」
「世界を守るための最後の鍵だからだ」
キーリは胸元の星へ手を当てる。
その光は、まるで呼吸するように脈打っていた。
「私に、その資格があるの?」
「ある」
アルクスは迷いなく答えた。
「だが、資格があることと、正しい答えを選べることは別だ」
「……」
「お前はまだ知らなければならない。星の真実を。黒星の真実を。そして、灰化の真実を。その全てを知った時、お前は初めて選ぶことになる」
アルクスは静かに剣を取り出した。
白銀に輝くその剣には星の文明の文字が刻まれ、刃が星光を反射して揺らめいた。
「何をするつもりだ?」
「第四封印が開き始めている。時間がない。私は最後の守護者として、この場所を守ろう」
その瞬間、封印の奥から凄まじい咆哮が響き渡った。
ゴォォォォォォォォッ!!
観測機構全体が大きく揺れる。
星々の光が乱れ、空間が歪む。
「な、何だ!?」
「これが封印されているものの力なのか!」
アルクスの表情が曇る。
「……やはり目覚め始めている」
「知っているのか?」
「ああ」
「奴は第四封印最深部の守護者。灰化に侵食された最初の存在だ」
「最初の……存在?」
「星の文明が最初に灰化を確認した時、最も強く、最も気高かった英雄」
「まさか!」
アルクスは静かに目を閉じた。
「千年前、私の親友だった男だ」
誰も言葉を発することができなかった。
空気が重く沈み、星々の光さえ哀しげに揺れているように見えた。
巨大な封印の扉には、ゆっくりと無数の亀裂が走り始める。
──パキッ。
──パキパキッ。
「時間がない」
アルクスはキーリへ視線を向ける。
「星の器よ。次に会う時まで、生き延びろ。そして、必ず真実へ辿り着け」
その瞳には、千年もの間待ち続けた者の願いが込められていた。
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