フィリア(第80話)
第四封印区画に現れた巨大な扉は、まるで生き物の鼓動を持つかのように、ゆっくりと脈動していた。
壁面を流れる星の文明の文字は淡い蒼色と灰色を交互に瞬き、まるで星と灰化が拮抗し合い、どちらへ傾くか迷っているようだった。
冷たい空気が肌を撫でる。
それはただの冷気ではなく、長い年月を閉じ込めた封印の息遣いそのものだった。
「これが……第四封印の最深部……」
リディアは思わず息を呑む。
その声には、畏怖と期待が入り混じっていた。
「今までの封印区画とは明らかに違いますね……」
レオンは剣に手を添えながら、周囲へ鋭い視線を走らせる。
守護兵を倒した後だというのに、空気はむしろ重くなるばかりだった。
まるで「ここからが本番だ」と告げられているような圧力が、空間全体を支配していた。
「キーリ、大丈夫?」
ルミナが心配そうに覗き込む。
「うん。共鳴率が上がったせいか、逆に身体は軽いくらいだよ」
「無理はしないでね」
共鳴率は十六%。
数字としては僅かな上昇だが、キーリの身体には確かな変化があった。
星の力が、少しずつ自分の内側へ馴染み始めている──そんな感覚。
しかし同時に、それは星へ近付いているという実感でもあった。
『星の器よ、世界を選べ』
幾度となく告げられた言葉が、ふと脳裏をよぎる。
「……私は、何を選ぶことになるの」
「キーリ?」
「ううん、何でもない」
首を振り、巨大な扉へ視線を向けた──その瞬間。
『第一管理権限を確認』
『星の器を認証』
『閲覧資格──適合』
扉の文字が一斉に輝き始めた。
「また認証か」
「今までと違います」
オリオンが静かに呟く。
その声は柔らかいが、どこか震えていた。
「何が違うの?」
「これは記録庫ではありません。星の文明が最も重要視した記録だけを保管する場所です。つまり、星の文明の真実に最も近い場所、ということになります」
その言葉に、一同の表情が引き締まる。
轟音と共に扉がゆっくりと開かれていく。
その奥に広がっていたのは──一面の星空だった。
「なっ!? 外に出たのか!?」
「違います!」
ルミナが目を見開く。
「これ全部、星の力で作られてる」
空間全体に無数の星々が浮かび、その中心には一本の巨大な水晶柱がそびえ立っていた。
高さは三十メートルを優に超える。
水晶柱の内部では、一人の少女が静かに眠っている。
「人がいる!?」
「違います」
オリオンが首を横に振る。
その表情は、どこか懐かしさと痛みを含んでいた。
「正確には、記録です。星の文明最後の観測者の一人ですね」
「最後の観測者……」
キーリは自然と水晶柱へ歩み寄る。
胸の奥がざわつく。
何か大きな真実へ触れようとしている──そんな予感。
『適合者を確認』
『星の器を認証』
『最終観測記録を起動します』
少女がゆっくりと瞳を開いた。
透き通る蒼い瞳が、星空の光を受けて揺らめく。
『こんにちは』
『未来を生きる星の器』
「私を知っているの?」
『いいえ。私は貴方を知りません。ですが、星の器がここへ辿り着くことだけは知っていました』
「未来を予測していたってこと?」
『いいえ』
少女は小さく微笑む。
その微笑みは、どこかセレスを思わせる優しさを帯びていた。
『私の名前はフィリア。星の文明最後の観測者の一人です』
「最後の観測者……」
『貴方へ伝えなければならないことがあります』
少女の表情が少しだけ陰る。
『星の文明は黒星によって滅びました。それは半分だけ正解です』
「!」
『黒星は確かに多くを奪いました。ですが、それだけではありません』
『私達は自ら滅びを選びました』
「自ら?」
「そんなことが……」
『封印を守るためです』
空気が一瞬で張り詰める。
『星の文明は最後まで迷い続けました。何を守るべきだったのか』
『星を守るべきか』
『世界を守るべきか』
また同じ言葉。
何度も語られる二つの選択。
「どうしてそんな選択を」
『どちらか一つしか残せなかったからです』
その言葉に全員が息を呑む。
『ですが、それ以上はまだ語れません。真実を知る資格は、まだありません』
「またそれか」
カイトが苦笑する。
「この物語、本当に伏線が多いな」
「今さら……だね……」
ミナが肩を竦める。
わずかに場の空気が和らぐ。
だが、フィリアの次の言葉が全員を凍り付かせた。
『ですが、一つだけ警告があります』
『黒霧は既に封印へ辿り着いています』
「黒霧?」
「まさか!」
オリオンの表情が一変する。
柔らかな口調のまま、しかし声の奥に強い緊張が宿る。
『黒星教団・黒霧のカイン。彼は既に、第二封印核の存在を知っています』
「何だって!?」
『そして彼だけが知っています。星の文明が最後に恐れたものを』
「それって!」
『申し訳ありません。それは今の貴方達には伝えられません』
少女は首を横に振る。
『ですが、覚えておいてください』
『カインは世界を滅ぼしたいわけではありません』
『彼は誰よりも世界を守ろうとしています』
「敵なのに?」
『はい。だからこそ、最も危険なのです』
その言葉は、不思議な説得力を持っていた。
「世界を守るために戦う敵……」
「黒星教団と同じ思想か」
レオンが呟く。
『いずれ貴方達は知ることになります。敵と味方という言葉では語れない世界を』
フィリアはキーリへ優しく微笑む。
『星の器よ。どうか、急いで答えを出さないでください』
『全てを知るまで、誰も信じてはいけません』
『そして──星でさえも』
『疑ってください』
「星を?」
『はい。星は決して万能でも、絶対の正義でもありません』
キーリは胸元の星へ視線を落とす。
今まで信じてきた力。
だが、その星さえも疑えという。
一体、星とは何なのか。
その答えはまだ見えない。
すると突然、水晶柱の光が激しく明滅し始めた。
『警告』
『灰化侵食率上昇』
『第四封印最深部に異常を確認』
『未確認反応を検知』
「未確認反応?」
「嫌な予感しかしませんね……」
オリオンが眉を寄せる。
『警告』
『封印外生命反応を確認』
『観測対象──接近』
「生命反応だって!?」
「この場所に生きている存在がいるはずがありません!」
オリオンの声が震える。
次の瞬間、巨大な扉の奥から、誰かの足音が響き始めた。
コツ──。
コツ──。
コツ──。
「誰だ!」
レオンが剣を抜く。
しかし返事はない。
ゆっくりと、一人の人影が姿を現す。
その人物を見た瞬間、オリオンの顔色が変わった。
「そんな……馬鹿な……」
「知っているのか!?」
「あの姿は……あり得ません……!」
人影は静かに微笑んだ。
その微笑みは、どこか人間らしい温度を持ちながらも、底知れない冷たさを孕んでいた。
「久しいな、観測者オリオン」
「貴様は……!」
そして、その人物はキーリを真っ直ぐ見つめる。
「ようやく会えたな。星の器」
「私を知っているの?」
「ああ。ずっと待っていた」
「何者なんだ!」
「それは、次に語ろう」
男は不敵な笑みを浮かべた。その瞳だけが、蒼く輝いていた。
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