第四封印区画へ(第78話)
第四封印区画へと続く通路は、これまでの観測機構とはまるで別物だった。
床や壁を覆う星文明の文字は半ば灰へと変わり、それでもなお淡く光を放っている。
その光は弱々しく、まるで消えゆく命が最後の瞬きを見せているかのようだった。
通路全体に漂う空気は重く、湿った灰の匂いが鼻を刺す。呼吸をするたび、胸の奥にざらつきが残る。
「さっきの灰人形だけじゃなさそうだな」
レオンは剣に添えた手を離さず、周囲へ鋭い視線を走らせる。
その表情には、これまで感じたことのない種類の警戒があった。
「ええ。灰化の濃度が異常です」
リディアが観測装置を見つめる。
装置の光は不規則に揺れ、まるで警告を発しているようだった。
「この先は黒星の反応よりも、灰化の反応が圧倒的に強いわ」
「黒星より危険ってこと?」
ルミナの声はわずかに震えていた。
「少なくとも未知という意味ではね」
リディアは静かに頷く。
未知──その言葉が、全員の胸に冷たい影を落とした。
キーリは無意識に胸元へ手を当てた。星の光が、さっきよりも強く脈打っている。
共鳴率は十五・七%。
わずかな上昇に過ぎない。それでも、第四封印へ近付くほどに星が何かへ呼応していることだけは確かだった。
「キーリ」
ルミナがそっと近づく。
「どうしたの?」
「さっきから星の光が強くなってる。まるで何かを探してるみたい」
「探してる?」
「第二封印核かもしれません」
オリオンが柔らかい声で言う。
一同が彼へ視線を向ける。
「封印核同士は互いに干渉し合っています。第四封印が侵食されれば、第二封印にも影響が出る可能性が高いのです」
「つまり、この先に第二封印核の手掛かりがあるってことか」
「その可能性は高いです」
やがて、一行の前に巨大な扉が姿を現した。
高さは十メートルを超え、重厚な金属の質感が圧迫感を与える。
扉一面に刻まれた星文明の文字は、これまで見たものとは異なる複雑な構造をしていた。灰化の侵食を受けながらも、文字は必死に光を保っている。
「読める?」
リディアが尋ねる。
キーリはゆっくりと文字へ手を伸ばした。
『第四記録保管庫』
『封印観測記録』
『閲覧資格──第一管理権限以上』
「開けられる!」
「なら頼む」
キーリが星の力を流し込むと、巨大な扉が轟音と共に開いていく。その音は地鳴りのように響き、胸の奥まで震わせた。
扉の先に広がっていた光景に、一同は言葉を失う。
「これは……」
「記録庫?」
ミナが息を呑む。
「いや」
オリオンが静かに首を振る。
「ここは星の文明の研究区画です」
そこには無数の水晶のような柱が立ち並んでいた。その一つ一つの中に、人の姿が映し出されている。まるで時間を閉じ込めたかのように、彼らは動かない。
「人がいる!?」
「違います。記録映像です」
次の瞬間、水晶の一つが淡く輝き始める。
『記録番号・四八二七』
『第二封印核観測記録を開始します』
「第二封印核!」
映し出されたのは、一人の女性だった。
純白の衣を身に纏い、静かな瞳を持つ研究者らしき人物。
その表情には疲労と覚悟が混じっていた。
『もし、この記録を見ている者がいるのなら、第四封印は既に危機的状況にあるのでしょう』
「未来を予測していたのか」
レオンが呟く。
『第二封印核は封印ではありません』
「何?」
全員が目を見開く。
『第二封印核は鍵です。世界を守るための最後の鍵』
「鍵?」
ルミナが息を呑む。
『ですが、それは同時に世界を滅ぼす鍵でもあります』
「!」
胸の奥が冷たくなる。
『我々は選択を迫られました。星を守るか。世界を守るか。そして、その答えを未来へ委ねることにしたのです』
映像が大きく乱れる。ノイズが走り、女性の表情が僅かに曇った。
『もし星の器が現れたのなら。決して答えを急いではなりません。全てを知る前に選べば、その選択は必ず後悔となるでしょう』
その言葉は、まるでキーリへ直接語りかけているようだった。
『第二封印核は、星の器のみが触れることを許されます。ですが、どうか忘れないでください。敵は一つではありません。星もまた、万能ではないのです』
そこで記録は途切れた。
しばしの沈黙が訪れる。
「また増えたな」
カイトが苦笑する。
「謎がな。もう何が敵なのか分からなくなってきたぞ」
「それが星文明の辿り着いた答えなんだろう」
レオンが呟く。
星か。黒星か。灰化か。
それとも、まだ誰も知らない別の何かなのか。
「でも、一つだけ分かった」
ルミナがキーリを見る。
「キーリが第二封印核に関係してること」
「……うん」
「それと」
リディアが続ける。
「第二封印核は、ただの封印核じゃない」
「最後の鍵か」
オリオンは僅かに目を伏せた。
「やはりそうだったのですね」
「知っていたのか?」
「予想はしていました」
「全部知ってるわけじゃないんだな」
「私も万能ではありません」
珍しく苦笑を浮かべるオリオンに、ミナが小さく笑った。
その時だった。
ゴゴゴゴゴ──。
突然、研究区画全体が激しく揺れ始める。
「何だ!?」
「第四封印区画からです!」
オリオンの表情が一変する。
「侵食速度が急上昇しています!」
「まさか!」
「灰化が第四封印を取り込み始めました!」
直後、研究区画の床から大量の灰が噴き出した。それは先ほどの灰人形とは比較にならないほどの量だった。灰が波のように押し寄せ、空気を震わせる。
「嘘だろ……全部、生きてるのか?」
「違います!」
ルミナが叫ぶ。
「これ、生き物じゃない!」
「じゃあ何なんだ!」
「分からない! でも凄く嫌な感じがする!」
灰は一つに集まり、ゆっくりと巨大な姿を形成していく。
四メートルを超える灰色の巨人。
その胸には黒く染まった星文明の紋章が刻まれていた。
『第四封印への侵食を確認』
『封印守護機構──灰化を確認』
オリオンの声が僅かに震える。
「まさか……」
「知ってるのか?」
「あれは星の文明の守護兵です」
「第四封印を守る存在だったものです」
「だった?」
「灰化によって侵食されたのです」
巨大な守護兵がゆっくりと右腕を振り上げる。その動きは鈍重だが、圧倒的な質量が迫ってくる。
「総員、戦闘準備!」
レオンが叫ぶ。
キーリは静かに星剣を構えた。胸の奥で星が強く脈打つ。第四封印へ辿り着くためには、この守護兵を突破しなければならない。
そして、この戦いはまだ始まりに過ぎない。
遥か遠く、黒い霧に包まれた空間で、一人の男が静かに微笑む。
「第二封印核の鍵が見つかったか」
その瞳は、まるで全てを見通しているかのようだった。
「星の器よ。お前が選ぶ未来を見届けよう」
黒霧の奥で、不気味な笑みだけが揺らぐ。
その背後には、七つの椅子が静かに並んでいた。
それぞれの椅子には、まだ誰も座っていない。だが、その空席はまるで“待っている”かのように沈黙していた。
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