目覚めの時は近い(第76話)
ドクン──。
ドクン──。
観測機構の脈動は、空間そのものを震わせるように響いた。
床の石板がわずかに震え、壁に埋め込まれた星紋が青白く脈打つ。まるで巨大な心臓が、深い眠りからゆっくりと目覚めようとしているかのようだった。
「第四封印が反応している……」
オリオンの声は、普段の落ち着きとは違い、かすかに震えていた。
彼の瞳に映る封印核の光は、いつもより濁って見える。
「第四封印って、残ってる封印の一つだよな?」
カイトが眉をひそめる。
その声には、軽口を叩きながらも、底に不安が滲んでいた。
「はい。しかし、おかしいのです」
オリオンは観測盤に指を滑らせる。
星光が走り、封印区画の立体図が浮かび上がる。
「何がおかしい?」
「第四封印は、最も安定しているはずでした。外部から干渉されても、容易に反応するものではありません」
リディアが険しい表情を浮かべる。
彼女の指先は無意識に杖を握りしめていた。
「つまり、内部から何かが起きている?」
「その可能性が高いでしょう」
ガルドの顔が強張る。
戦士としての直感が、嫌な予感を告げているのだろう。
「シオンの侵入だけでは説明がつかんということか」
オリオンは静かに頷いた。
「もし私の予想が正しければ──」
その瞬間、観測機構全体が赤い光に染まった。
『緊急警報』
『第四封印区画、侵食率三十パーセント』
『封印機構、異常を確認』
『管理者権限を要請します』
「侵食率が上がってる!」
リディアの声が跳ねる。
彼女の瞳は恐怖と焦りで揺れていた。
「急がなければ!」
キーリは拳を握りしめた。
その手は震えている。ラグナとの戦いで痛感した無力さが、胸の奥に重く沈んでいた。
──今の自分では七矮星第一席には届かない。
──傷一つ付けることさえ難しい。
悔しさが喉を焼く。星の器でありながら、守れない。その事実が、心を締め付ける。
ラグナの言葉が脳裏に蘇る。
『何を守る』
『いつか選ぶことになる』
そして、セレスの言葉。
『星の器よ、世界を選べ』
まるで全てが一本の線で繋がっているようだった。
逃げ場のない運命の道筋が、静かに形を成していく。
「キーリ」
レオンがそっと肩に手を置く。
その手は温かく、揺れそうな心を支えてくれる。
「焦るな」
「でも……!」
「強くなりたいなら、まずは生き残れ」
その言葉は、鋭いが優しい。
キーリの胸に、少しだけ呼吸の余裕が戻る。
「!」
「俺たちはまだ負けてない」
レオンの瞳は揺らがない。
その真っ直ぐさが、キーリの心を少しずつ解きほぐしていく。
「一人で全部背負うな」
「……うん」
ミナが笑顔を見せる。
その笑顔は、場の空気を柔らかくする不思議な力を持っていた。
「そうそう! 私たちの主人公なんだから、簡単に潰れないでよ?」
「それ、褒めてるのか?」
「もちろん!」
カイトも肩を竦める。
「それに、敵の親玉が強いなんて物語のお約束だろ」
小さな笑いが生まれた。
張り詰めていた空気が、ほんの少しだけほどける。
ルミナはキーリの胸へそっと手を添える。
その指先は星光のように温かい。
「星が泣いてるわ」
「泣いてる?」
「うん」
「でも、喜んでもいる」
「どういうこと?」
「まだ分からない」
ルミナは首を横に振る。
その表情は真剣で、どこか切なさを含んでいた。
「でもね、キーリ」
「何?」
「あなたの星は、まだ半分も目覚めてないわ」
その言葉は、雷のように全員の胸を打った。
「半分も?」
「うん」
「今の星は眠ってる。本当に目覚めた時、きっと全部分かる」
キーリは胸元へ視線を落とす。
星の力は確かに強くなっている。だが、それが“半分以下”だというのか。
オリオンも静かに頷いた。
「私も同意見です。管理権限も第一段階しか解放されていません。つまり、キーリ様も観測機構も、まだ目覚めの途中ということです」
その時、第一封印核が再び輝き始めた。青い光が空間を満たし、文字が浮かび上がる。
『管理権限を更新』
『第二段階権限の解放条件を開示します』
『第二封印核の回収』
『第四封印区画の正常化』
『星の器との完全共鳴率三十パーセント到達』
「共鳴率?」
「はい」
オリオンが説明する。
「星の器と星の力がどれだけ一つになっているかを示す数値です」
「今はいくつなんだ?」
『現在の共鳴率』
『十五パーセント』
「十五!? 思ったより少ないな」
カイトが驚く。
「逆に言えば、十五パーセントであの力です」
オリオンは真剣な表情で続ける。
「百パーセントに到達した星の器が存在したという記録は、星の文明にも残っていません」
「いないのか」
「はい。だからこそ、あなたがどこまで辿り着くのかは誰にも分かりません」
キーリは管理結晶を強く握り締めた。
十五パーセント。
だが、それは“伸びしろ”があるということでもある。
「まずは第四封印だ」
キーリは仲間たちを見回す。
その瞳には、先ほどまでの迷いが薄れ、決意の光が宿っていた。
「みんな、力を貸して」
「今さらだろ」
レオンが笑う。
「最後まで付き合うさ」
「もちろん!」
「貸しは高いからな?」
「計算しておく」
「私は最初からそのつもり」
仲間たちの言葉が、胸の奥の重さを少しずつ溶かしていく。
♢♢♢
黒星教団・本拠地。
黒霧がゆっくりと漂う広間。
玉座に座るカインは、灰色の光を静かに見つめていた。その瞳は深淵のように静かで、何もかもを見通しているようだった。
「予定より早いな。構わないのか?」
シオンが問いかける。
その声には、興味と警戒が混ざっている。
「ああ」
カインは微笑む。
その笑みは優雅でありながら、どこか底知れない。
「むしろ好都合だ。星の器は順調に育っている。ラグナも気に入ったようだ」
黒炎のラグナは腕を組んだまま答える。
その瞳には、戦士としての純粋な評価が宿っていた。
「まだ未熟だ。だが、期待はしている」
「珍しいね」
シオンが笑う。
「君が他人を評価するなんて」
ラグナは小さく息を吐く。
「もし本当にあいつが──」
言葉は途中で止まった。
その先を言うことが、何かを決定づけてしまう気がしたのだろう。
カインはゆっくりと立ち上がる。
黒霧が彼の周囲で揺れ、玉座の影が伸びる。
「その時は、私たちの悲願も終わる。あるいは。始まりかもしれないがね」
そして、その瞳は遥か観測機構の方角を見つめていた。
まるで、そこにいるキーリの姿まで見えているかのように。
「目覚めの時は近い。星の器よ。君は何を選ぶ?」
その問いは、かつて星文明が遺した言葉と同じものだった。
『星の器よ、世界を選べ』
その真の意味を、キーリたちはまだ知らない。
しかし確実に、運命の歯車は動き始めていた。
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