次会う時は(第75話)
ゴォォォォッ!!
解き放たれた黒炎が大地を飲み込む。
地面が焼け焦げ、空気が一瞬で乾ききる。熱波が押し寄せ、視界が揺らめく。まるで巨大な津波が世界そのものを呑み込もうとしているかのようだった。
「全員、防御!」
レオンの叫びは、轟音にかき消されそうなほど小さく聞こえた。
それでも仲間たちは反射的に身構える。
ルミナが両手を広げ、光が爆ぜる。
「聖光壁!」
眩い光が幾重にも重なり、仲間たちを包み込む。
その瞬間だけ、世界が白く塗りつぶされた。
次の瞬間。
ドゴォォォン!!
黒炎が障壁へ激突した。
衝撃で足元の石畳が跳ね上がり、空気が悲鳴を上げる。
「きゃあぁ!」
ミナが思わず悲鳴を上げる。
彼女の肩が震えているのが、光の揺らぎ越しに見えた。
熱い。熱すぎる。防いでいるはずなのに、肌が焼けるような熱気が突き刺さる。呼吸をするだけで肺が痛む。
パキッ。
障壁に亀裂が走った。
光の壁が悲鳴を上げているように見えた。
「そんな!」
ルミナの顔が蒼白になる。
自分の魔力が削られていく感覚に、背筋が冷たくなる。
「一撃で!?」
「まだだ!」
リディアが震える手で補助魔法を重ねる。
彼女の額には汗が滲み、唇がかすかに震えていた。
「魔力供給を!」
光の障壁が再び強く輝く。だが、その輝きはどこか不安定で、揺らいでいる。
それでも。
パリンッ!!
僅か数秒で障壁が砕け散った。
破片のような光が空へ散り、消えていく。
「嘘だろ……」
カイトの顔から血の気が引く。
彼の手は剣を握ったまま固まり、指先が白くなっていた。ゼルを相手にした時とは比べ物にならない。
レギスの圧倒的な武。シオンの底知れない異能。そしてラグナは──純粋な破壊だった。
「これが第一席……」
ガルドが剣を強く握る。
手の甲に浮かぶ血管が、恐怖と怒りを物語っていた。
「化け物め」
ラグナは静かに首を傾げた。
その仕草は、まるで退屈した教師が生徒の答案を眺めるような軽さだった。
「今ので終わりなのか。随分と脆い」
その言葉に、胸の奥が熱くなる。
怒りか、恐怖か、自分でも分からない。だが誰一人として言い返せない。実力差があまりにも大きかった。
キーリは星の剣を握り締める。
手のひらが汗で湿り、柄が重く感じる。
「まだだ!」
地面を蹴る。
足裏に伝わる振動が、恐怖を押し殺すための唯一の感覚だった。
一直線にラグナとの距離を詰める。
「星剣技──!」
黄金の光が剣を包む。
その光は、希望そのもののように見えた。
「流星斬!」
黄金の斬撃が放たれる。
空気が裂け、光が軌跡を描く。
ラグナは避けない。黒い炎が剣の前へ集まる。
ゴォッ。
たったそれだけだった。
黄金の斬撃が黒炎へ飲み込まれ、跡形もなく消える。
「なっ……!」
胸の奥が凍りつく。
自分の全力が、まるで紙切れのように消えた。
「軽い」
ラグナが一歩踏み出す。
その動きは静かで、しかし絶望的なほど速かった。
目の前から姿が消えた。
「キーリ!」
レオンの叫びが遠く聞こえる。
遅かった。
ラグナは既にキーリの目の前に立っていた。その瞳は、感情の欠片もない黒。
「速っ!」
カイトが目を見開く。
彼の声には、驚愕よりも恐怖が混じっていた。
振り下ろされる黒剣。空気が悲鳴を上げる。
キーリは咄嗟に星の剣で受け止める。
ガギィィィン!!!
衝撃が全身を駆け抜けた。
骨が軋み、視界が白く弾ける。
「ぐっ!」
たった一撃。それだけで地面が陥没する。
キーリの両膝が地面へ沈んだ。呼吸が乱れ、心臓が暴れる。
重い。レギスの一撃とは違う。押し潰されるような熱と重圧。まるで世界そのものが自分を拒絶しているようだった。
「終わりか」
ラグナの声は静かで、残酷なほど淡々としていた。
「まだだ!」
キーリは星の力を限界まで解放する。
黄金の光が爆発し、周囲の闇を押し返す。
その隙に距離を取った。
「キーリ!」
ミナが駆け寄る。
彼女の瞳は涙で揺れていた。
「大丈夫!?」
「うん……」
そう答えるものの、両腕の感覚が薄れていた。
剣を握る手が震えている。
一撃だ。たった一撃で、ここまで差がある。
ラグナは再び剣を肩へ担いだ。その姿は、まるで処刑人のようだった。
「星の器」
「何!」
「お前は何を守る」
突然の問いだった。
その声は、戦いの最中とは思えないほど静かで深い。
「何って?」
「世界か。仲間か。それとも星か」
キーリは少しだけ目を見開く。
胸の奥がざわつく。
「全部だ」
迷いなく答える。
その言葉は、自分自身への宣言でもあった。
「一つだって捨てない」
ラグナは静かに目を閉じた。
「そうか。なら、お前はいつか選ぶことになる」
胸が締め付けられる。
その言葉は、どこかで聞いたことがある。
「何を言ってる」
「その時が来れば分かる」
その言葉に、キーリはセレスの記録を思い出していた。
『星の器よ、世界を選べ』
同じ言葉だった。
背筋が冷たくなる。
なぜ七矮星がその言葉を知っている。
「お前たちは何を知ってる!」
ラグナは答えない。
代わりに空を見上げた。
「黒星教団は星を憎んでいると思っているか」
「違うの?」
「違う」
ラグナは即答した。
その瞳には揺らぎがない。
「俺たちは世界を守るために戦っている」
その言葉に全員が固まった。
空気が止まる。
「ふざけるな!」
ガルドが怒声を上げる。
怒りで声が震えていた。
「お前たちがどれだけの命を奪ってきたと思っている!」
「必要だった」
「何だと!」
「世界を守るためなら、犠牲は必要だ」
その瞳に迷いはない。狂信者ではない。本気でそう信じている目だった。
キーリはラグナを見つめる。
胸の奥がざわつく。
この男は──敵なのか。
「お前たちの敵は誰なんだ」
ラグナは少しだけ沈黙する。
その沈黙は重く、痛いほど深かった。
そして初めて、ほんの僅かに表情を曇らせた。
「まだ早い。だが、一つだけ教えてやる」
黒炎が静かに揺らめく。
「星も黒星も、本当の敵ではない──本当の絶望は、まだ眠っている」
その瞬間だった。
ドクン──。
観測機構全体が大きく脈打つ。地面が震え、空気が波打つ。灰色の光が空へと伸びていく。空が裂けるような光景だった。
オリオンの表情が凍り付く。
「まさか……!」
「どうした!」
「第四封印が反応しています!」
「何だって!」
ラグナはその光を見上げ、小さく息を吐いた。
その横顔は、どこか諦めにも似た静けさを帯びていた。
「始まったか」
「お前がやったのか!」
「違う」
ラグナは静かに剣を納める。
「今日の目的はお前たちを殺すことじゃない。確認することだった」
「レギスと同じか」
「ああ」
ラグナはキーリを真っ直ぐ見つめる。
その瞳は、未来を見通す者のようだった。
「まだ足りない。今のお前では、何も守れない」
胸が痛む。悔しさか、恐怖か、自分でも分からない。
「……!」
「強くなれ、星の器。さもなくば、お前は必ず選択を迫られる」
そう言い残すと、黒炎がラグナの身体を包み込んでいく。
「待て!」
キーリが叫ぶ。
声が震えていた。しかし、ラグナは振り返らない。
「次に会う時は、本気で斬る」
黒炎が天へと昇り、その姿は消えていった。
残されたのは、地面に刻まれた巨大な焼け跡だけだった。
焦げた匂いが風に乗り、胸を締め付ける。
そして観測機構の最深部からは、今までで最も強い灰色の脈動が響き始めていた。
ドクン──。
ドクン──。
まるで何かが目覚めようとしているかのように。
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