黒炎(第74話)
第一封印核を回収してから半日。
星の記録庫には、ようやく静けさが戻っていた。
だがその静けさは、嵐の前に訪れる不自然なほどの静寂にも似ていた。
砕けた結晶棚の修復は、施設の自動機構が淡々と進めている。
青い光が細い川のように流れ、崩れた壁をゆっくりと再生していく。
その光はまるで呼吸しているようで、ひとつひとつの輝きが生命の鼓動を思わせた。
「生きてるみたいだな、この遺跡」
カイトが感心したように呟く。
「遺跡じゃありません」
オリオンが微笑む。
「施設です」
「……だったな」
苦笑が広がり、張り詰めていた空気が少しだけ和らいだ。
♢♢♢
その一方で、キーリは一人、星脈柱の前に立っていた。
周囲の静けさが、彼の耳にはやけに大きく響く。
手の中には第一封印核。青い結晶は静かに脈打ち、淡い光が指先を照らしている。
ドクン。
ドクン。
自分の鼓動と重なるたび、胸の奥がざわついた。
まるで封印核が「まだ終わりじゃない」と告げているようだった。
「何か分かるか」
背後からレオンが歩いてくる。
その足音が、静寂の中で妙に重く響いた。
「まだはっきりとは」
キーリは首を振る。
「でも、この封印核は鍵じゃない」
「鍵じゃない?」
「もっと大事なもの……施設そのものを支えてる気がする」
言葉にした瞬間、胸の奥のざわつきが確信へと変わった。
オリオンも静かに頷く。
「その感覚は正しいでしょう。四つの封印核は、それぞれが観測機構を安定させる支柱です。一つでも失えば、灰化は急速に進行します」
ガルドが腕を組む。
「つまり残り三つも守らねばならんわけか」
「はい。そして敵も、それを狙っています」
重い空気が流れた。誰もが、次に何が起こるかを予感していた。
その時。
キィィィン──。
管理結晶が突然、赤く点滅する。
静寂が破られ、空気が一瞬で緊張に染まった。
『緊急警報』
『施設外周に超高熱源を確認』
『結界に異常』
『第三外壁、消失』
オリオンの表情が凍り付く。
「消失……?」
リディアが青ざめる。
「破壊じゃなく?」
「はい。熱で……蒸発しています」
蒸発──その言葉が、全員の背筋を冷たく撫でた。
ガルドは即座に命令を飛ばす。
「外へ出る! 敵襲だ!」
観測区画の外壁へ駆け上がる。塔の上へ出た瞬間、熱風が吹き抜けた。
「暑っ!」
ミナが思わず腕で顔を覆う。
さっきまで冷たかった風が、まるで真夏の砂漠のように熱い。空まで赤く染まり始め、空気そのものが焼けているようだった。
地面はじりじりと熱を帯び、遠くの岩肌がゆらりと揺らめく。熱で空間が歪んでいる。
そして──観測区画の正門前。そこに、一人の男が立っていた。
黒い外套。腰には一本の長剣。髪は燃えるような赤。その全身から黒い炎が静かに揺らめいている。
炎なのに煙がない。ただ、異常なほどの熱だけが周囲を支配していた。
兵士たちは顔をしかめる。
「息が……」
「苦しい……」
近付くだけで体力を奪われる。まるで存在そのものが灼熱の呪いのようだった。
男は静かに顔を上げた。
鋭い金色の瞳。その視線が真っ直ぐキーリを捉える。
「お前か」
低く、よく通る声。余計な感情はない。事実だけを確認するような口調。
キーリの背筋がわずかに震えた。
恐怖ではない。圧倒的な“格”の差を本能が理解したのだ。
「……七矮星」
男は頷く。
「そうだ、第一席」
ゆっくりと剣を抜く。刃まで黒く染まっていた。
その瞬間。
ゴォォォォッ!!
黒炎が一気に噴き上がる。
周囲の岩肌が赤く溶け始める。
「うそだろ……」
カイトの額から汗が流れる。
「まだ剣を抜いただけだぞ」
レオンも剣を構えながら息を呑む。
レギスとは違う。シオンとも違う。
目の前に立っているだけで、戦場そのものが変わってしまう。そんな圧倒的な存在感。
男は静かに名乗る。
「七矮星第一席。黒炎のラグナ」
名乗り終えると同時に、黒炎が天へと立ち昇った。
雲が焼け、空が赤黒く染まる。観測区画の結界が軋み、青い光が揺らいだ。
オリオンが息を呑む。
「施設結界が……押されています」
「一人でか」
ガルドが信じられないという表情を浮かべる。
ラグナは答えない。
ただキーリを見つめる。
「来い」
たった二文字。
しかし、その一言には絶対の自信が込められていた。
「お前だけでいい」
キーリは星の剣へ手を掛ける。
胸の奥が熱くなる。恐怖と、怒りと、使命感が混ざり合う。
だが、その瞬間、レオンが肩へ手を置いた。
「一人で行くな」
「でも」
「忘れたのか」
レオンは笑う。
「俺たちは仲間だ」
その言葉に、ミナが笑顔で頷く。
「今回は絶対置いていかないからね。一人で格好つけるの禁止」
「賛成」
ルミナも短く答える。
カイトは短剣を回しながら笑う。
「七矮星だろうが第一席だろうが、全員で殴れば少しは痛ぇだろ」
リディアも魔導書を開く。
「分析は私が担当します」
ガルドは剣を構え直した。
「王国軍もここで退く気はない」
キーリは仲間たちを見回す。
胸の奥が熱くなった。
恐怖が、仲間の存在で少しずつ溶けていく。
「……ありがとう」
星の剣が黄金に輝く。
それを見たラグナは、初めてわずかに笑みを浮かべた。
「そうか。なら」
剣をゆっくり構える。
「全員まとめて来い」
その瞬間、世界を焼く黒炎が、一斉に解き放たれた。
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