セレス(第71話)
青い光が通路を照らす。
それは今までの白い壁とはまったく違う色で、まるで空気そのものが変わったように感じられた。
壁には無数の細い光の線が走り、星座のような模様を描いている。
近づくほどに線は淡く脈動し、まるで呼吸しているかのようだった。
「綺麗……」
ミナが思わず立ち止まる。
彼女の瞳に映る光は揺れ、驚きと感動が混ざったように震えていた。
ルミナは静かに天井を見上げる。
青白い光が彼女の横顔を照らし、影がゆっくりと揺れる。
「ここだけ空気が違う」
その声は、どこか張り詰めたものを含んでいた。
まるでこの区画が“特別な場所”だと、身体の奥が理解しているようだった。
「灰化の反応もほとんどありません」
リディアが魔力を巡らせながら言う。
彼女の指先に集まる魔力の粒子さえ、青い光に溶けるように淡く揺れていた。
「施設が最後まで守り抜いた区画なんでしょう」
オリオンは頷く。
その表情には、懐かしさと緊張が同時に浮かんでいた。
「はい。ここは星の記録庫。星の文明の知識、その歴史、そして観測記録が保存されています。ここが失われれば、文明そのものが完全に消えてしまいます」
キーリはゆっくり前へ進む。
胸の奥がざわつく。
期待とも不安ともつかない感情が、心臓の鼓動を早めていく。
認証鍵が強く輝き始めた。管理結晶も同じように光を放つ。
『第一管理者認証』
『星の器を確認』
『記録庫を解放します』
カチッ。
静かな音と共に、目の前の壁が左右へ開いた。
その瞬間──全員が息を呑む。
「……これは」
部屋いっぱいに、無数の光が浮かんでいた。
本棚はない。書物もない。代わりに、小さな結晶が何千、何万と宙に浮かんでいる。
一つひとつが淡く輝き、静かに回転していた。
その光は呼吸のように強弱を繰り返し、まるで星々が生きているかのようだった。
「全部……記録?」
リディアの声が震える。
彼女の手は胸元で固く握られ、興奮と畏怖が入り混じっていた。
「はい」
オリオンが微笑む。
その微笑みは、長い旅路の果てにようやく故郷を見つけた者のように優しかった。
「星の文明では紙を使いません。知識はすべて記憶結晶へ保存されます」
「すご……」
カイトが見回す。
その顔には圧倒されたような驚愕が浮かんでいた。
「これ全部読むのに何年かかるんだよ」
「人の一生では足りないでしょう」
オリオンは穏やかに答える。
その時、一つの結晶だけが、キーリの前へゆっくり飛んできた。
「私?」
胸が強く跳ねる。
まるで結晶が自分を選んだような感覚に、喉が乾いた。
結晶はキーリの手の中へ収まる。
淡い青色。
他の結晶より少し大きい。
『管理者専用記録』
文字が浮かび上がる。
「開いてみてください」
オリオンが促す。
キーリは静かに頷き、結晶へ触れた。
キィン──。
景色が消える。
◇◇◇
目の前には一人の女性が立っていた。
白銀の髪。深い青の瞳。年齢は二十代半ばほど。白い衣を纏い、胸元には星の紋章。
彼女は真っ直ぐこちらを見つめていた。
いや。未来の誰かへ向けて話している。
「この記録を見ているということは、あなたは星の器なのでしょう」
穏やかな声だった。
その声は、どこか寂しさを含んでいる。
「私は星の文明中央管理院所属。第一観測責任者、セレス」
リディアが息を呑む声が、どこか遠くで聞こえた。
「もし観測施設が管理権限を解放したのなら。文明は滅びました……私たちは負けたのです」
胸が締め付けられる。
キーリは拳を握った。
知らないはずの文明の滅びなのに、なぜか心が痛んだ。
セレスは悲しそうに笑った。
「ですが、後悔はありません。私たちは最後まで、この世界を守るために戦いました」
背後の窓には満天の星空が映っている。
しかし、その一角だけが灰色に染まり始めていた。
セレスはそこを見上げる。
「星は希望です。黒星は絶望です。けれど」
少しだけ目を伏せる。
「本当に恐ろしいのは、そのどちらでもありません」
キーリは息を呑む。
胸の奥がざわつく。
続きが聞きたい。だが、セレスは首を横へ振った。
「まだ、この先は見せられません。管理権限が不足しています……ごめんなさい」
映像が少し乱れる。
それでも彼女は優しく微笑んだ。
「どうか、諦めないでください。世界はまだ終わっていません。あなたなら、きっと──」
そこで映像は途切れた。
◇◇◇
「キーリ!」
意識が戻る。
目の前には心配そうな仲間たちがいた。
「大丈夫?」
ミナが覗き込む。
その瞳には不安と、少しの恐れが揺れていた。
「うん」
キーリは静かに頷く。
胸の奥に残るセレスの声が、まだ消えない。
「セレスって人の記録だった」
「第一観測責任者……」
リディアは震える手で手帳へ書き込む。
その表情は興奮と衝撃で強張っていた。
「星の文明最高クラスの研究者です。文献では名前だけしか残っていませんでした」
オリオンは少しだけ嬉しそうに微笑んだ。
「彼女の記録が残っていたのですね……よかった……」
その言葉には、長年の友人を思うような温かさがあった。
しかし、その時。
ドクン──。
記録庫全体が揺れた。
青く輝いていた結晶が、一斉に明滅する。
『警告』
『第三封印区画に異常』
『侵食速度上昇』
『第二封印が破壊されました』
オリオンの表情が凍り付く。
「そんな……あり得ない」
ガルドが鋭く問う。
「何が起きた!」
オリオンは苦しそうに答える。
「施設内に侵入者がいます。しかも管理権限を無視して封印を破壊しています」
「誰だ」
その瞬間──記録庫の最奥から、ゆっくりと拍手が響いた。
パチ……
パチ……
パチ……
全員が振り向く。
青い結晶の間から、一人の男が姿を現した。
黒い外套。細身の体。切れ長の目。
その右目だけが、不気味な銀色に輝いている。
男は口元へ笑みを浮かべた。
その笑みは冷たく、底が見えない。
「初めまして──星の器」
その声は柔らかいのに、どこか皮膚の下を冷たく撫でるような不快さがあった。
「七矮星第三席」
男は静かに右目へ触れる。
「──黒眼のシオン」
銀色の瞳が開いた瞬間、キーリは全身を貫くような悪寒を覚えた。背筋が凍り、呼吸が一瞬止まる。
まるで“見てはいけないもの”に触れたような感覚だった。
おもしろかったら評価、ブックマークよろしくお願いします




