第一の試練(第70話)
灰色の光が扉の隙間から静かに流れ出す。
重い扉の隙間から、灰色の光がゆっくりと流れ出した。
それは煙でも霧でもない。
触れられるようで触れられない、温度を持たない光の粒子。
冷たくはない。熱くもない。ただ、そこにあるだけで胸の奥がざわつく。
キーリは無意識に星の剣へ手を掛けた。
黄金の刃が淡く輝き、空気がわずかに震える。
その光に呼応するように、灰色の光がゆらりと揺れた。
まるで生き物が息を吸うように。
「……反応してる」
リディアが息を呑む。
彼女の瞳は、未知の現象を前にした研究者のそれだった。
恐怖よりも好奇心が勝っている。
「星の力に反応しているんです」
オリオンは首を横に振った。
その表情は、静かな警告を含んでいた。
「正確には逆です。星が灰を警戒しています」
その言葉に、一同の表情が引き締まる。
灰色の光は、ただの現象ではない。
星の力が“敵”と認識する何かだ。
ガルドが剣を抜く。
刃が空気を裂き、緊張がさらに高まる。
「全員、警戒を怠るな」
重い扉が最後まで開いた。
その先に広がっていたのは、これまでの白い施設とはまったく違う空間だった。
床も壁も白いはずなのに、その半分以上が灰色へ侵食されている。
灰色の紋様は、まるで命を持つ蔦のように脈動しながら広がっていた。
壁を這い、天井へ伸び、床を飲み込む。
その動きはゆっくりなのに、確実に世界を塗り替えている。
「気持ち悪い……」
ミナが思わず後ずさる。
彼女の肩が小さく震えていた。
「生きてるみたい」
ルミナも静かに頷く。
光魔法を扱う彼女には、この灰色が“光ではない何か”として強烈に感じられていた。
「嫌な感じ」
キーリは灰色の紋様を見つめる。
ルグナ遺跡で見た黒星化とは違う。
黒星は激しかった。
怒りや憎悪が渦巻き、触れれば心まで焼かれるような暴力性があった。
しかし、この灰色には感情がない。
怒りも憎しみもない。
ただ静かに、淡々と、世界を書き換えようとしている。
「黒星じゃない……」
キーリが呟く。
「そうです」
オリオンが答えた。
「これは黒星ではありません。灰化現象です」
「灰化……」
初めて聞く言葉だった。
リディアは手帳を握りしめ、震える指でその言葉を書き留める。
オリオンは慎重に言葉を選ぶ。
「黒星化のさらに先で起きる現象……それ以上は、まだ説明できません」
「またか」
カイトが苦笑する。
恐怖を紛らわせるための、いつもの軽口だ。
「知りたいことばっかり増えるな」
「申し訳ありません」
オリオンは頭を下げる。
「ですが、今は皆さんを生かすことが優先です」
キーリは先へ歩き出した。
灰色の紋様は、彼が近付くと少しだけ後退する。
まるで星の力を避けるように。
「退いた?」
リディアが驚く。
「星の器だからか」
その時だった。
ブツリ。
広間の奥で何かが切れる音が響いた。
続いて──。
ガコン。
ガコン。
重い足音。
床がわずかに震える。
「何だ?」
レオンが剣を構える。
その目は獣のように鋭い。
灰色の壁が崩れ、その奥から一体の巨人が姿を現した。
身長は五メートル近い。
白い装甲。
胸には星文明の紋章。
しかし右半身は灰色に侵食され、巨大な腕へ変形していた。
その腕は、まるで岩と金属が混ざり合ったような異形の塊。
瞳は青ではない。
灰色だった。
感情のない、ただの“命令を遂行する光”。
『……侵入者』
機械とも人ともつかない声が響く。
『排除……開始』
「防衛兵!」
リディアが叫ぶ。
「でも侵食されてる!」
巨人は一歩踏み出す。
ズンッ!
床が揺れ、空気が震えた。
「来るぞ!」
レオンが飛び出す。
剣を振るう。
ガギィン!
火花が散る。
しかし装甲は浅く削れただけ。
「硬い!」
巨人の灰色の腕が振り下ろされる。
「レオン!」
キーリが割って入る。
星の剣で受け止める。
ドゴォン!
衝撃が全身を駆け抜けた。
腕が痺れ、膝がわずかに沈む。
「ぐっ……!」
重い。
レギスほどではない。
だが尋常ではない力だ。
「右腕!」
リディアが叫ぶ。
「灰化してる部分が核です!」
「普通と逆か!」
ガルドが兵を率いる。
「右腕を集中攻撃!」
兵士たちが一斉に突撃する。
ミナが足元へ潜り込む。
「こっち!」
巨人の視線がミナへ向く。
その隙。
「カイト!」
「任せろ!」
短剣が灰色の腕へ突き刺さる。
だが浅い。
「固ぇ!」
巨人が腕を振る。
カイトが吹き飛ばされる。
「うわっ!」
ミナが飛び込み、間一髪で受け止めた。
「ありがと……!」
「後で貸し一つね!」
二人は笑う。
恐怖の中でも、仲間の絆が揺らぐことはない。
その姿を見て、キーリも口元を緩めた。
この仲間たちとなら、どんな敵でも越えられる──そう思えた。
「レオン!」
「ああ!」
二人が同時に駆ける。
レオンが正面から斬り込み、巨人の動きを止める。
キーリはその肩を踏み台に高く跳んだ。
「はあああっ!」
星の剣が黄金に輝く。
ルミナの光魔法が刃を包む。
「貫いて、星剣技──」
キーリが剣を振り下ろす。
「流星断!」
黄金の斬撃が一直線に走る。
ズバァァァン!!
灰色の腕が肩口から切り裂かれた。
パリンッ──。
腕の奥に埋め込まれていた灰色の結晶が砕け散る。
巨人の動きが止まる。
『……管理……者……』
その声はどこか悲しそうだった。
侵食されながらも、最後まで役目を果たそうとした兵士の声。
『……守れ……なかった……』
巨人は静かに膝をつく。
そして光の粒となって崩れていった。
広間に静寂が戻る。
リディアは崩れた装甲を見つめる。
「最後まで施設を守ろうとしていたんですね……」
オリオンは目を閉じ、小さく祈るように頭を垂れた。
「長い間、ご苦労様でした」
その瞬間。
広間の最奥で、新たな扉が静かに開き始める。
その向こうから流れてきたのは、青い光。
灰色ではない。
純粋な星の輝きだった。
キーリの認証鍵と管理結晶が同時に強く輝く。
『第一管理者権限』
『承認』
オリオンはゆっくりと微笑んだ。
「ようやく第一の試練を越えましたね。この先には、この施設が守り続けてきた“星の記録庫”があります。そして皆さんは、星文明が何を守ろうとしていたのか、その一端を知ることになるでしょう」
♢♢♢
一方その頃──遥か彼方。
黒星教団の本拠地では、七矮星第一席・黒炎のラグナが静かに目を開いていた。
「レギスが退いたか」
その前には、黒霧の中で玉座に腰掛ける男──黒星教団首座、黒霧のカイン。
「予定通りだ」
カインは静かに笑う。
「星の器は、自ら扉を開け始めた。ならば、次の駒を動かそう」
ラグナは無言で立ち上がる。
その体から漏れた黒炎が、玉座の間を赤黒く染め上げた。
世界を巡る戦いは、新たな局面へと進み始めていた。
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