第一管理層(第69話)
光の昇降機は、音もなく静かに上昇を続けていた。まるで空気そのものが持ち上がっているような、重さを感じさせない動きだった。
足元には、観測機構の巨大な円盤がゆっくり遠ざかっていく。
淡い光を帯びた円盤は、雲海のように広がり、昇降機の透明な床越しに見えるその姿は、まるで別世界の大地だった。
見上げれば、幾重にも重なる白い回廊が天へ向かって伸びている。
どの回廊も光を帯び、ゆっくりと脈打つように明滅していた。
塔の内部全体が呼吸している──そんな錯覚すら覚える。
「すごい……」
ミナがぽつりと呟いた。
声は小さいのに、静寂の中ではよく響いた。
「下があんなに小さく見える」
彼女は昇降機の縁に手を添え、身を乗り出すようにして下を覗き込む。その瞳は、恐怖よりも好奇心の光で満ちていた。
「この高さで柱が一本もないなんて」
リディアは周囲を見回しながら、感嘆の息を漏らす。彼女の指先は、まるで見えない設計図をなぞるように空中を動いていた。
「星の文明の建築技術は、やはり想像を超えています」
キーリは壁へ視線を向けた。そこでは古代文字が絶え間なく流れ続けている。
光の粒が文字の形を作り、またほどけ、次の文字へと変わっていく。まるで生き物が体内を巡る血流のようだった。
『第一管理層』
『管理権限確認中』
『星の器を認証』
『昇降機運転継続』
「全部、私に反応してる……」
キーリは小さく呟いた。
胸の奥がざわつく。
自分が“何か”に選ばれているという事実が、まだ実感として掴めない。
ルミナはその文字を見上げ、静かに言った。
「施設が喜んでるみたいだわ」
「え?」
「そんな感じがするの」
ルミナの声は、確信というより直感に近かった。けれど、その直感は不思議と説得力を持っていた。
キーリも同じ感覚だった。
敵意はない。むしろ、歓迎されている。
何千年も待ち続けた主人が帰ってきた──そんな温かさが、昇降機全体から滲み出ていた。
その時。
ドクン──。
胸の星が強く脈打つ。
同時に管理結晶が淡く光り始めた。
「また反応した」
キーリは結晶へ目を落とす。
すると、結晶の表面に文字が浮かび上がる。
『観測記録』
『閲覧しますか』
「閲覧……? できるの?」
リディアが身を乗り出す。
瞳は期待で輝いていた。
「触ってみてください」
オリオンの声は落ち着いていたが、どこか緊張も含んでいた。
キーリは結晶へ指先を置いた。
次の瞬間──景色が、音もなく変わった。
◇◇◇
青い空が広がっていた。今の世界とは違う。濁りのない、澄み切った空。風は柔らかく、光は優しく、空気そのものが生きているようだった。
巨大な塔の周囲を、人々が笑顔で歩いている。
白い衣。銀色の装飾。その姿はどこか神聖で、同時に親しみもあった。
「ここは……」
キーリは周囲を見回す。声を出しても、誰にも届かない。まるで昔の映像を見ているようだった。
一人の少年が空を見上げる。
その先では、無数の光が流れ星のように降り注いでいた。
人々は歓声を上げる。恐れてはいない。喜んでいる。
『新たな星を確認』
どこからか声が響く。
『迎え入れます』
塔の頂から光が伸びる。
空から降ってきた小さな星が、ゆっくり施設へ吸い込まれていく。
「これが……」
キーリは息を呑む。
「星を観測するってことなんだ」
胸の奥が熱くなる。
星文明は星を恐れていなかった。むしろ、祝福のように迎えていた。
その時だった。
映像が突然乱れ、ザーッという音とともに、空の一部が灰色へ染まる。
人々の笑顔が消えた。警報が流れ、逃げ惑う人々。
塔の光が赤く変わる。
そして、空の裂け目から黒ではない、灰色の光がゆっくりと姿を現した。
キーリは思わず一歩後ずさる。
胸の星が冷たく震えた。
「これは……!」
『緊急事態』
『観測を中止』
『全封印を開始』
誰かが叫んでいる。
しかし、その先は見えなかった。
映像が白く弾ける。
◇◇◇
「キーリ!」
肩を揺さぶられ、意識が戻る。
目の前にはレオンたちがいた。
「大丈夫か」
「……う、うん」
額には汗が滲んでいる。
心臓はまだ早く打っていた。
「また見えたのか」
「うん。昔の記録……」
キーリは息を整えながら答える。
「星の文明が生きていた頃の景色だった」
リディアの目が輝く。
「本当に記録が残っているんですね」
「でも」
キーリは首を振る。
「途中から灰色の光が現れた。その先は見えなかった」
オリオンは静かに目を閉じる。
「閲覧権限が足りないのでしょう。管理者権限が上がれば、続きも見られます」
キーリは管理結晶を見つめた。
胸の奥に、重い疑問が沈んでいる。
星の文明は星を恐れていなかった。むしろ迎え入れていた。
ならば──なぜ滅んだのか。
その答えは、まだ霧の中だった。
ゴゴゴゴ……
昇降機がゆっくり減速を始める。
「着きます」
オリオンが前を見つめると光が晴れる。そこには巨大な扉が待ち構えていた。
扉一面に刻まれた紋章。中心には、今まで見たことのない複雑な紋様が描かれている。
キーリの胸の星が強く脈打つ。
ドクン──。
認証鍵も管理結晶も同時に輝き始めた。
オリオンが静かに告げる。
「ここから先が第一管理層です。そして、この施設で最も重要な区画になります」
重い扉が、ゆっくりと開き始めた。
その隙間から流れ出したのは、冷たい空気ではなかった。
灰色の光だった。
キーリの背筋が、ぞくりと震えた。
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