では、参りましょう(第68話)
ドクン──。
灰色の光が脈打つ。
一度。また一度。
観測機構全体がその鼓動に合わせて微かに震え、空気が波紋のように揺れた。
まるで巨大な心臓が地下深くで目覚め、世界の底から息を吹き返したかのようだった。
「まずい……」
オリオンの声には、これまで見せたことのない焦りが滲んでいた。
彼の白い髭が震え、杖を握る指先に力が入っている。
観測機構の中心に浮かぶ巨大な円盤。
その中央を覆う灰色は、まるで生き物のようにゆっくりと広がり、光を飲み込んでいく。
周囲の青白い光が押し返そうとするが、灰色はそれを嘲笑うように脈動し続けた。
「何が起きてるんだ」
ガルドの声は低く、警戒の色を帯びていた。
「封印の均衡が崩れました」
オリオンは灰色の光から目を離さない。
その瞳は、長い年月を生きた者だけが知る恐怖を映していた。
「本来、この施設は観測機構そのものを封印として利用しています」
「封印?」
リディアが眉をひそめる。
彼女の指先はわずかに震え、魔力が反応しているのが分かる。
「何を封じているんですか」
オリオンは静かに首を振った。
「まだ話せません」
その言葉は、逆に重く響いた。
“話せないほどの何か”が、この奥に眠っている──誰もがそう理解した。
「ですが、この封印が解かれれば、観測機構は完全に灰へ侵食されます」
キーリは胸の星を押さえた。
まただ。
胸の奥で、星が観測機構と同じ速さで脈打っている。
ドクン。
ドクン。
身体の内側から響く鼓動が、外の世界の脈動と重なり合う。
まるで呼び合っているようだった。
「キーリ」
ルミナが心配そうに覗き込む。
彼女の瞳は揺れ、キーリの変化を敏感に感じ取っている。
「大丈夫」
そう答えたものの、自分でも確信はなかった。
胸の星は熱を帯び、腕の紋様は淡い光を放ち続けている。
皮膚の下で何かが目覚めようとしているような、得体の知れない感覚。
「……呼ばれてる」
思わず漏れた言葉に、周囲が息を呑んだ。
「呼ばれている?」
レオンが振り向く。
その顔には驚きと不安が入り混じっている。
「あの中心から」
キーリは灰色の光を見つめた。
胸の奥が引き寄せられるように疼く。
「行かなきゃいけない気がする」
オリオンは静かに頷いた。
「それが星の器です。施設はあなたを管理者として認識しています。進むべき道を示しているのでしょう」
その時だった。
キィィィン──。
警報が再び鳴り響く。
観測機構全体が震え、光の粒が天井から降り注いだ。
『第二管理層、封鎖解除』
『第一管理層、接続開始』
『昇降機を起動します』
ゴゴゴゴゴ……
巨大な円盤がゆっくりと回転を始める。
光の粒が螺旋を描きながら集まり、中心へ吸い込まれていく。
やがて、一筋の光が床へ降り注ぎ、円形の足場が浮かび上がった。
「昇降機……」
リディアが息を呑む。
「星文明の転送装置です。これで第一管理層へ行けます」
オリオンは足場を見つめる。
「ですが、第一管理層から先は危険です。黒星の侵食が始まっています」
空気がわずかに冷えた。
灰色の気配が、遠くからじわりと迫ってくるような感覚。
「じゃあ行くしかない」
キーリは迷わなかった。
胸の奥の鼓動が、進むべき方向を示している。
「ここで止めないと、もっと被害が広がる」
レオンが頷く。
「俺も行く。当然だ」
カイトが笑うが、その笑みには緊張が滲んでいた。
「ここまで来て留守番なんてごめんだ」
「私も」
ミナも一歩前へ出る。
その瞳は揺れていたが、決意は固い。
ガルドは兵士たちを振り返った。
「負傷者はここで待機。残りは私と共に進む」
「しかし隊長!」
「命令だ」
兵士たちは悔しそうに敬礼した。
その表情には、仲間を送り出す不安と誇りが入り混じっている。
オリオンはキーリへ歩み寄る。
「一つ、お渡しするものがあります」
杖を軽く床へ突く。
青白い光が集まり、一枚の薄い結晶板が現れた。
「これは?」
「管理結晶です」
オリオンはキーリへ差し出す。
「認証鍵だけでは操作できない設備があります。これがあれば、一部の機能を使用できます」
キーリは結晶板を受け取る。
触れた瞬間──無数の古代文字が頭へ流れ込んできた。
「うっ……!」
視界が白く染まり、世界が遠のく。星空が広がった。無数の星。その中を漂う光。
さらに遠く──灰色の何かが、ゆっくりと世界へ近付いてくる。
それは形を持たず、ただ“存在”だけが迫ってくる。
見てはいけないものを見てしまったような、背筋が凍る感覚。
「キーリ!」
レオンの声で意識が戻る。
「今……」
キーリは息を整える。
「何か見えた」
「何を?」
「分からない」
首を横に振る。
「でも、あれは過去じゃない。未来でもない。もっと……遠い何かだった」
オリオンは静かに目を閉じた。
「管理結晶は施設の記録へ触れることがあります。ですが、今見たものを無理に理解しようとしないでください。今はまだ、その時ではありません」
キーリは結晶を握り締めた。
胸の奥の鼓動が、さらに強くなる。
「分かった」
オリオンは頷き、光の昇降機へ視線を向ける。
「では参りましょう。第一管理層へ」
キーリたちは光の足場へ乗る。
足場がゆっくりと浮かび上がり、周囲の光が流れるように後方へ消えていく。
その時だった。
誰にも聞こえないほど小さな声が、灰色の光の奥から響いた。
『……見つけた』
キーリだけが、その声に気付いた。
胸の奥が冷たくなる。
しかし、それが誰の声なのかは分からなかった。
光の昇降機は静かに上昇を始める。
世界の真実が眠る、さらに深い領域へ向かって。
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