七矮星第四席(第65話)
黒い魔力が、空気そのものを裂いた。
レギスが槍を構えた瞬間、観測区画の大気が震え、空間がわずかに歪む。
ズン……と、地の底から響くような重低音が床を伝い、石畳が細かく震えた。
兵士たちは思わず足を踏ん張る。
胸の奥がざわつき、呼吸が浅くなる。
本能が、危険を告げていた。
「あれが……七矮星……」
ミナの声は震え、喉がひきつっていた。
ルグナ遺跡で戦ったゼルやヴァルドとは明らかに格が違う。姿を見ただけで、身体が勝手に萎縮する。
──勝てない。
その言葉が、兵士たちの脳裏に同時に浮かんだ。
「全員、落ち着け」
ガルドの声は低く、しかし揺るぎなかった。
その声が空気を引き締め、兵士たちの視線が一点に集まる。
「敵は一人だ」
その一言で、兵士たちはわずかに呼吸を整えた。だが、レギスの存在が放つ圧は、なおも空間を支配している。
レギスはゆっくりと周囲を見回した。その視線は冷たく、まるで獲物の価値を測るようだった。
「王国軍か。少しは骨がありそうだ。俺を楽しませてくれよ」
視線がキーリで止まる。
その瞬間、キーリの背筋に冷たいものが走った。
「……そして、お前が星の器か」
キーリは星の剣を抜いた。
黄金の光が周囲を照らし、黒い魔力とぶつかり合う。
光が震え、空気が微かに唸る。
「私に何の用」
「用?」
レギスは小さく笑った。
その笑みは、嘲りでも挑発でもない。ただ、興味を持った獣のそれだった。
「勘違いするな。お前を殺しに来たわけじゃない」
「なら何だ」
「確かめに来た」
槍の石突きを地面へ打ちつける。
ドンッ!
衝撃が走り、石畳に無数の亀裂が広がった。
兵士たちが一斉に息を呑む。
「器に値するかどうか」
空気が張り詰める。
その場の誰もが、次の瞬間に何が起こるか分からなかった。
レオンが一歩前へ出た。その瞳は恐怖を押し殺し、ただキーリを守る意思だけが宿っている。
「キーリには近付かせん」
「ほう」
レギスは興味深そうにレオンを見る。
その視線は、まるで「どれほど持つか」を楽しむようだった。
「いい目だ。なら、まずはお前からかだ」
次の瞬間──姿が消えた。
「なっ!」
レオンの目が見開かれる。
速い。いや、速いという概念すら追いつかない。
視界から消えて、空気が一瞬だけ裂けた。
ガギィィン!!!
火花が散る。
レオンは反射だけで剣を構えていた。槍の穂先が剣へ突き刺さる。
「ほう、受けたのか」
レギスがわずかに口角を上げる。
「だが、浅い」
槍がしなる。
ガンッ!
凄まじい衝撃でレオンが吹き飛んだ。
身体が宙を舞い、石畳を十メートル近く滑る。
「ぐっ!」
肺の空気が一気に抜け、視界が揺れる。
両腕が痺れ、指先の感覚が消えかけていた。
──たった一撃で、これか。
「レオン!」
ミナが駆け寄ろうとする。
「来るな!」
レオンは叫ぶ。
声が震えていた。恐怖ではない。自分が足手まといになることへの悔しさだった。
「隊長!」
兵士たちが一斉に飛び出す。
「包囲しろ!」
ガルドの号令で十数人がレギスを囲む。
その動きは訓練されたものだが、誰もが心の奥で理解していた。
──この男は、常識の外側にいる。
「突撃!」
槍。
剣。
斧。
兵士が一斉に襲いかかる。
しかし、レギスは動かない。ただ槍を一度だけ振るう。
ブォンッ!
黒い衝撃波が円を描いた。
ガガガガン!!!
兵士たちの武器が弾き飛ばされる。
衝撃で腕が痺れ、膝が折れる。
「ぐあっ!」
「強すぎる!」
誰一人近付けない。
「散開!」
ガルド自身が飛び込む。
王国軍指揮官の剣が一直線にレギスの喉を狙う。その一撃は鋭く、迷いがなかった。
しかし。
カンッ。
レギスは槍の柄だけで受け止めた。
その動きは軽く、まるで子供の攻撃を受け流すようだった。
「悪くない。が」
次の瞬間。
ドォン!!!
膝蹴りがガルドの腹へ突き刺さる。
骨が軋む音がした。
「がはっ……!」
ガルドの身体が宙を舞い、地面へ叩きつけられる。
呼吸ができない。
視界が白く弾ける。
「隊長!」
兵士たちが駆け寄る。
レギスは追撃しない。
ただ静かに槍を担ぎ直した。
「王国軍最強がこの程度か。つまらんな」
その言葉にガルドは歯を食いしばる。
立ち上がろうとするが、膝が震えた。
「くそっ……」
キーリは拳を握る。
誰も敵わない。
このままでは──。
その時、オリオンが静かに口を開いた。
「キーリ。彼に勝とうとしてはいけません」
「え?」
「今のあなたでは届きません」
レギスはその言葉を聞き、少し笑った。
「ふっ、正直な管理者だ」
オリオンは続ける。
「彼は七矮星第四席ですが、戦うことだけなら第一席にも劣りません」
場の空気がさらに重くなる。
リディアが息を呑む。
「第四席で……これほど……」
つまり、上にはまだ三人いる。しかも第一席──黒炎のラグナは、この男をも上回る。
レギスはキーリへ槍を向けた。
「来い。星の器。一撃だけ受けてみろ。それで終わりにしてやる」
キーリは静かに星の剣を握り直した。
逃げるわけにはいかない。この男を越えなければ、その先へは進めない。
黄金の光が剣を包み込む。
黒い魔力と、静かにぶつかり合った。
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