正門突破(第64話)
キィィィン──。
警報が施設全体へ鋭く突き刺さるように響き渡った。
青白かった光は一斉に赤へと染まり、広間の空気が瞬時に緊張へ変わる。
まるで、施設そのものが息を呑んだかのようだった。
『警戒レベル上昇』
『管理者権限による施設防衛を開始します』
冷たい機械音声が、鼓動のように一定の間隔で繰り返される。
そのたびに、胸の奥がわずかに震えた。
「急ぎましょう」
オリオンは迷いの欠片もなく歩き出す。
その背中は、赤い警告灯の明滅に照らされ、影が長く伸びていた。
「こちらです」
一行は広間の奥へ続く通路へ入る。
通路の壁には、星文明の文字が無数に刻まれていた。
古代の石碑のような重厚さと、未来的な光沢が奇妙に同居している。
キーリが横を通るたび、文字が淡く光を帯びる。
まるで彼の存在そのものが、壁に眠る星の記憶を呼び起こしているようだった。
『第二管理層』
『観測制御区』
『管理者専用』
リディアは息を呑む。
「施設が反応してる……」
その声は震えていた。
恐怖ではなく、理解を超えた現象を前にした純粋な驚愕。
「完全にキーリを管理者として認識しています」
オリオンの言葉は淡々としているが、その目はどこか期待を含んでいた。
「私もそんな気がする」
キーリは苦笑した。
だが胸の奥では、言いようのないざわめきが広がっていた。
自分が何者なのか──その答えが、今まさに形を持ち始めている感覚。
「でも、何をすればいいのかまでは分からない」
「それで十分です」
オリオンが振り返る。
その瞳は、星のように静かで深い。
「星の器は知識ではなく、共鳴によって導かれます」
「共鳴……」
ルミナが呟く。
その声は、夜の湖面に落ちる小石のように静かだった。
「だから文字が読めるのね」
オリオンは頷く。
「星は器へ道を示します。その道を選ぶのは、器自身です」
その言葉は、キーリの胸へ深く沈んだ。
まるで、心の奥にあった何かをそっと撫でられたような感覚。
やがて通路は巨大な扉へ行き着く。
高さは十メートル近く、白銀色の金属は冷たく、触れれば指先が凍えそうだった。
扉には巨大な星の紋章が刻まれ、静かに威圧感を放っている。
「ここが西区画です」
オリオンが手をかざす。
しかし──何も起きない。
老人は静かに首を振った。
「やはり。私だけでは開きません」
キーリを見る。
「認証鍵を」
「うん」
キーリは認証鍵を紋章へ近づける。
指先がわずかに震えていた。
これはただの扉ではない。自分の運命を開く扉だという予感があった。
カチリ。
小さな音が響く。
『第二管理者認証』
『星の器を確認』
『開放します』
ゴゴゴゴゴ……
扉がゆっくりと開いていく。
冷たい風が吹き抜け、肌を刺す。
その風は、外の世界とは違う匂いを含んでいた。
星の匂い──そんな気がした。
その先は、今までとはまったく違う景色だった。
見渡す限りの巨大な空間。天井はなく、夜空が広がっている。施設内部なのに、空がある。
その矛盾が、逆にこの場所の異質さを際立たせていた。
宙へ伸びる無数の橋。
中心には巨大な円盤状の装置が浮かび、表面には光が川のように流れている。
だが中心だけが灰色に染まり、黒い墨を落としたように侵食されていた。
「侵食されています」
オリオンの表情が曇る。
「まだ完全ではありません。今なら止められます」
キーリは一歩踏み出す。
胸の奥で、何かが強く脈打った。
その瞬間──
ズン──。
足元が揺れた。
一度。
二度。
揺れは次第に大きくなる。
「地震か!」
兵士たちが身構える。
違う。
揺れているのは施設だけではない。外だ。
ゴォォォォ……
外壁の向こうから重い衝撃音が響く。
空気が震え、胸の奥まで響く。
兵士が見張り窓へ駆け寄る。
「た、大変です! 正門が……! 正門が破壊されています!」
ガルドが窓へ走る。
キーリたちも続く。
外には巨大な土煙が舞い上がっていた。
厚さ数メートルの正門が、内側へ大きくひしゃげている。
その前に立っていたのは──一人の男。
黒い外套。長身。肩には一本の黒い槍。
顔はまだ見えない。
ただ立っているだけなのに、空気が張り詰めていく。
男は崩れた門を見上げ、小さく息を吐いた。
「脆いな」
散歩の途中で小石を蹴ったような、淡々とした声。
その余裕が、逆に恐ろしい。
「一人で……門を……」
兵士たちが息を呑む。
オリオンが静かに目を閉じた。
「来ましたか。七矮星」
男は槍を肩から下ろす。
切っ先を地面へ軽く突き立てる。
ドンッ──。
それだけで大地が震えた。
空気が一瞬、潰れたように感じた。
男は観測区画を見上げる。そして、静かに笑う。
「ようやく見つけた。星の器」
キーリの胸が強く脈打つ。
ドクン──。
男の視線が、真っすぐ自分へ向けられている。
逃げ場などない。
視線だけで、体温が奪われるような感覚。
男は一歩前へ出る。
「覚えておけ。七矮星第四席」
槍をゆっくり構える。
「──黒槍のレギスだ」
その瞬間、槍から噴き上がった黒い魔力が夜空を切り裂き、天へ伸びた。
空が悲鳴を上げるように揺れる。
キーリは無意識に星の剣へ手をかける。
胸の奥で、星の力が震えた。
星と黒星。二つの力が再び激突しようとしていた。
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