七矮星(第63話)
静寂が広間を包む。
広間は、まるで時間そのものが凍りついたかのように静まり返っていた。
天井の高い空間には、古代文明特有の淡い光が満ちている。壁面を走る紋様は、かすかに呼吸するように脈動し、青白い光がゆっくりと流れていた。
その中心に浮かぶ球体は、星の欠片を閉じ込めたような透明感を放ち、誰もが自然と視線を奪われる。
最初に口を開いたのはリディアだった。
「稼働……している?」
彼女の声は震えていた。
長年追い求めてきた星文明。その痕跡を求めて各地を巡り、幾度も絶望し、それでも諦めなかった。
その“生き証人”が、今まさに目の前に立っている。
信じられないという表情でオリオンを見つめる彼女の瞳は、驚愕と歓喜と恐怖が入り混じって揺れていた。
「星文明は数千年前に滅んだはずです」
「ええ」
オリオンは静かに頷いた。
その仕草は、まるで長い眠りから目覚めた賢者のように落ち着いている。
「文明は滅びました。ですが施設は滅びていません。管理機構は今も役目を続けています」
リディアは言葉を失った。
胸の奥で何かが崩れ、同時に何かが満たされる。
彼女は震える指先で手帳を握りしめたまま、ただオリオンの言葉を受け止めるしかなかった。
ガルドが一歩前へ出る。
その足音が広間に重く響き、緊張が一段階深まる。
「聞きたいことは山ほどある。だが、まずは北の空だ。あの灰色の光は何だ」
オリオンはしばらく沈黙した。
その横顔は、何かを思い出すようにわずかに陰りを帯びる。
そして球体へ目を向けた。
「観測機構の異常です。本来、あの光は空へ放たれるものではありません。観測された星の情報を施設内で循環させるための光です」
レオンが眉をひそめる。
「では、なぜ空へ?」
「何者かが観測機構を書き換えました」
空気が張り詰めた。
兵士たちの指が無意識に武器へ触れる。
誰もが、見えない敵の影を感じ取っていた。
「黒星教団か」
ガルドが低く呟く。
その声は怒りよりも警戒を含んでいた。
「断定はできません。ですが、人為的な干渉を確認しています」
キーリは球体を見上げた。
その光は、まるで心臓の鼓動のように赤と青をゆっくりと切り替えている。
「止められるの?」
「止められます」
オリオンは迷いなく答えた。
その確信は、場の不安をわずかに和らげる。
「ただし」
その一言で、全員の表情が変わった。
「現在、観測機構の中枢は封鎖されています」
「封鎖?」
「施設は異常を検知すると、自ら中枢を隔離します。内部へ入れるのは管理権限を持つ者だけです」
キーリは認証鍵を見た。
手のひらの中で、冷たい金属が重く感じられる。
「この鍵で入れる?」
「第二管理層までは」
オリオンは頷く。
「ですが、その先は別です。上位認証が必要になります」
「つまり、まだ足りないってことか」
カイトが肩をすくめる。
その軽口は、緊張を少しでも和らげようとする彼なりの癖だ。
「はい」
オリオンは穏やかに答えた。
「ですが、認証は一つずつ解放されます。星の器が進むたびに」
キーリはその言葉を胸に刻む。
焦っても仕方がない。
自分たちはまだ“入口”に立ったばかりなのだ。
その時だった。
ルミナが静かに口を開く。
彼女の声は、広間の静寂を切り裂くほど澄んでいた。
「一つ聞かせて」
オリオンは視線を向ける。
「どうぞ」
「この施設は何を観測していたの」
オリオンは少しだけ目を細めた。
その表情は、言葉を選ぶ者のそれだった。
「空です」
「空?」
「正確には」
一拍置く。
「世界の外です」
リディアの手から手帳が落ちた。
硬い床に当たる音が、やけに大きく響く。
「世界の……外?」
彼女の脳は理解を拒み、しかし心はその言葉に惹かれていた。
「星は、この世界で生まれるものではありません」
オリオンは球体を見つめながら続ける。
「遥か外側から流れ着く存在です」
キーリの胸が熱くなる。
森で拾ったあの日。
ルグナ遺跡の記録。
『星は世界の外から来た種子』
すべてが一本の線で繋がっていく。
「では黒星は」
キーリが尋ねる。
その声には恐れと期待が混じっていた。
オリオンは静かに首を振った。
「その答えは、まだ話せません。あなた方が知るには早すぎます」
キーリは少し悔しそうに息を吐く。
「そう言うと思った」
オリオンは小さく笑った。
「申し訳ありません。ですが、今は知らない方が世界のためです」
その時だった。
キィィィン──。
球体が突然、赤く点滅を始めた。
広間の光が一瞬で赤に染まり、影が揺れる。
『警告』
『施設外周に高濃度黒星反応』
『侵入者を確認』
警報が響き渡る。
兵士たちが一斉に武器を構え、空気が一気に戦場のそれへ変わった。
ガルドが鋭く叫ぶ。
「全員、戦闘準備!」
オリオンは静かに目を閉じる。
その表情には、初めて焦りに近い色が浮かんでいた。
「……予想より早いですね」
「何が来る」
レオンが尋ねる。
声は低く、しかし震えていた。
オリオンはゆっくり目を開いた。
その瞳から穏やかさが消えている。
「七矮星です」
その一言で空気が凍りついた。
誰もが息を呑む。
黒星教団最高幹部──その名は噂だけが独り歩きし、実態は誰も知らない。
「ここまで来ましたか」
オリオンは球体へ手をかざす。
施設全体へ青白い光が走り、床の紋様が一斉に輝き始めた。
「私は施設の防衛を優先します。皆さんは西区画へ向かってください。急いで。間に合わなくなります」
キーリは剣を握り締めた。
手のひらが汗ばみ、心臓が激しく脈打つ。
ついに来る。
黒星教団最高幹部──七矮星が。
その姿は、まだ誰も見ていなかった。
しかし確かに、その足音はすぐそこまで迫っていた。
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