道は続く(第61話)
西側へ回り込むにつれ、遺跡の様子はさらに異様さを増していった。
正面は白く磨かれた石造りだった。しかし西側は違う。
壁は大きく崩れ、そこから覗く金属の骨組みは、まるで古代の巨獣の肋骨のように鈍く光っていた。
風が吹き抜けるたび、崩れた石片が乾いた音を立てる。
「修復途中……いや、違うか」
リディアが崩れた壁に触れる。指先が冷たい金属に触れた瞬間、彼女の眉がわずかに動いた。
「これは搬入口です」
「搬入口?」
「観測区画の設備を運び込むための通路でしょう」
キーリは壁に刻まれた文字へ視線を向けた。
認証鍵が淡く光り、文字も呼応するように青白く輝く。
その光は、まるで彼を歓迎するかのように柔らかく揺れた。
『第二搬入口』
『管理者認証』
『認証待機』
「また読めるのか」
レオンが驚きの声を漏らす。
「うん」
キーリは認証鍵を壁へ近づけた。
カチリ──。
小さな音が響く。
ゴゴゴゴ……
長い年月閉ざされていた石壁がゆっくり横へ動き始める。
砂埃が舞い上がり、古い空気が外へ流れ出す。
その匂いは、乾いた石と金属が混じった、どこか懐かしいような香りだった。
「開いた……」
ミナが息を呑む。
「認証鍵は本物だったんですね」
リディアの声は震えていた。興奮と恐れが入り混じった、研究者特有の響き。
ガルドは剣を抜く。
「兵士隊、先行する」
「いえ」
キーリが首を振る。
「私が先に入ります」
「危険だぞ」
「認証が必要なら、私が一番安全です」
ガルドは少し考えたあと、小さく頷いた。
「無理はするな」
「はい」
キーリはゆっくり通路へ足を踏み入れた。
ひんやりとした空気が肌を撫でる。
まるで長い眠りから覚めた遺跡が、彼の存在を確かめているかのようだった。
長い通路だった。
天井には無数の光る結晶。
淡い光は揺らぎながら、まるで星空を閉じ込めたように輝いている。
何千年も経っているはずなのに、光は失われていない。
「きれい……」
ミナが見上げる瞳は、子どものように純粋だった。
「これも星文明の技術か」
リディアは夢中で辺りを見回す。
彼女の胸は高鳴っているのが見て取れた。
壁一面には古代文字が並んでいる。
キーリが近づくと、文字が次々と光り始めた。
『第二管理層』
『観測施設』
『管理権限確認中』
『星の器を確認』
全員が立ち止まる。
「星の器を確認……?」
カイトがキーリを見る。
「完全にお前専用じゃねぇか」
キーリは返事をしようとしたが、その前に──
キィィン……
甲高い音が通路に響いた。
「なんだ?」
レオンが剣を構える。
壁にはめ込まれていた結晶が赤く変わる。
一つ。
また一つ。
やがて通路全体が赤い光に染まった。
『警告』
『管理者不在』
『施設防衛機構起動』
『侵入者を排除します』
「まずい!」
リディアが叫ぶ。
ガコンッ。
ガコンッ。
通路の左右に並ぶ石像がゆっくりと動き始めた。
人型。
胸には星の紋章。
腕には剣と盾。
「自動防衛装置か!」
ガルドが兵士へ指示を飛ばす。
「迎撃準備!」
石像は十体。
その瞳が一斉に青く輝く。
冷たい光が通路を満たし、空気が張り詰めた。
「来るぞ!」
レオンが飛び出す。
ギィィン!
剣と剣が激しくぶつかる。
火花が散り、衝撃が床へ響く。
「硬い!」
レオンの一撃でも浅い傷しかつかない。
別の石像がミナへ迫る。
「速い!」
ミナは身をひねって斬撃をかわす。
足元へ滑り込み、ナイフを突き立てる。
だが。
ガギンッ。
刃が弾かれた。
「うそっ!」
「弱点があるはずです!」
リディアが叫ぶ。
「星文明の防衛装置なら必ず制御核があります!」
キーリは石像を見る。
その瞬間、胸の紋章が青く光った。
「胸だ!」
「胸の紋章!」
レオンがすぐ反応する。
「全員、胸を狙え!」
カイトが石像の背後へ回る。
「だったら!」
短剣を全力で突き出す。
しかし届かない。
石像が振り返る。
「やべっ!」
「カイト!」
キーリは駆け出した。
胸の奥が熱くなる。
星の剣が黄金に輝く。
一閃。
ザシュッ!
石像の胸を斬り裂く。
パリンッ!
青い結晶が砕け散る。
石像は音を立てて崩れ落ちた。
「それだ!」
レオンも続く。
二体目。
三体目。
兵士たちも連携し始める。
ガルドが前衛を押さえ、レオンが隙を作る。
その隙を突いて、ミナとカイトが胸の核を破壊していく。
「キーリ!」
ルミナが叫ぶ。
「後ろ!」
振り返る。
最後の石像が大剣を振り下ろしていた。
「しまっ──」
間に合わない。
そう思った瞬間。
認証鍵が強く輝いた。
キィィィン──。
壁一面の文字が青白く光り始める。
『管理権限を確認』
『星の器を認証』
『防衛機構、停止』
ガコンッ。
石像の動きが止まる。
振り下ろされた大剣は、キーリの頭上数センチで静止していた。
静寂が訪れる。
「……止まった」
カイトが大きく息を吐く。
リディアは認証鍵を見つめ、震える声で呟く。
「防衛装置そのものを停止させた……」
「やっぱり」
ルミナが小さく呟く。
「星の器にしかできない」
その直後だった。
ゴゴゴゴゴ……
通路の最奥で、大きな扉がゆっくりと開き始める。
長い年月、一度も開かれなかったかのような重い音が響く。
その向こうから流れてきたのは、冷たい空気ではない。
どこか懐かしさを感じる、不思議な気配だった。
キーリの胸の星が静かに脈打つ。
ドクン─。
まるで扉の向こうに、自分を待つ誰かがいるかのように。
「……行こう」
キーリは星の剣を握り直した。
その瞳には、恐れと期待が同時に宿っていた。
誰も反対しない。
一行はゆっくりと、観測区画のさらに奥へ足を踏み入れた。
そこで待ち受ける者との出会いが、この世界の真実へ繋がる最初の一歩になるとは、まだ誰も知らなかった。
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