星を狩るもの(第6話)
森の奥から、低い唸り声が響いた。
空気が震え、松明の炎が一斉に揺れる。
村人たちの顔が青ざめ、誰かが息を呑む音がはっきりと聞こえた。
ルミナの表情が変わった。
星の光を映した瞳が鋭く細まり、背筋がわずかに震える。
「来た」
その声は、風よりも冷たかった。
「また?」
キーリの声は震えていた。
ルミナは小さく首を振る。
白い髪が夜風に揺れ、星の光を散らす。
「さっきのとは──違う」
その瞬間、森の奥の闇がゆっくりと形を持ち始めた。
木々が押しのけられ、枝が折れる乾いた音が連続して響く。
松明の光が揺れ、影が巨大な輪郭を描いた。
闇の中から、異様に長い腕が現れた。
地面を擦るたびに、湿った土がざり、と音を立てる。
次に、黒い鎧のような皮膚が月光を反射し、鈍く光った。
そして──
顔の中央に、赤い目が一つだけ、ぽつりと灯った。
その赤は、血の色でも炎の色でもない。
もっと冷たく、もっと深く、底の見えない井戸のような赤だった。
「……何だ、あれ」
誰かが震える声で言った。
その声は、夜の静けさに吸い込まれていく。
ガルドが松明を構え、村人たちを庇うように前に出た。
松明の炎が彼の腕を照らし、汗が光る。
「全員下がれ!」
村人たちは慌てて後退する。
だが、キーリは動けなかった。
怪物から放たれる圧力が、身体を縛りつけていた。
胸が苦しく、呼吸が浅くなる。
ルミナが小さくつぶやいた。
「狩人」
「え? 今なんて?」
キーリが振り向くと、ルミナの表情は険しく、星の光を反射して鋭く輝いていた。
「星を狩るもの」
その言葉の意味を理解する前に──怪物が動いた。
怪物の腕が大きく振り上げられた。
次の瞬間。
ドンッ!!!
地面が砕け、土が爆ぜた。
衝撃で周囲の木々が揺れ、葉が舞い落ちる。
村人たちが悲鳴を上げる。
怪物は一瞬で距離を詰めていた。
「うおー!!!」
ガルドが斧を振り上げる。
鍛冶屋の腕力は村一番。
斧が風を切り、怪物の腕に叩きつけられた。
ガンッ!!!
金属のような音。
だが──斧は弾かれた。
「なっ⁉︎」
怪物の腕が横に振られる。
その瞬間、ガルドの身体が宙を舞い、木の根元に叩きつけられた。
「ガルドさん!」
キーリが叫ぶ。
ガルドは地面に転がり、動かない。
怪物はゆっくりと村人たちを見回した。
赤い目が、獲物を選ぶように揺れる。
そして──その視線がキーリに止まった。
ゾッとした。
身体の奥まで覗かれているような感覚。
心臓が強く脈打つ。
怪物の口が開く。
そこから、低い声が漏れた。
「……見つけた」
キーリの身体が固まった。
「〝星の器〟」
ルミナが前に出る。
羽は消えているはずなのに、背中から微かな光が漏れた。
「やっぱりあなたたち、もうここまで来たのね」
怪物の赤い目がルミナに向く。
「運び手。久しぶり。逃げた意味はない」
ルミナは小さく息を吐いた。
「逃げてない」
そして、キーリをチラリと見る。
「見つけたの」
怪物の赤い目が細くなる。
「器か」
その瞬間、怪物は地面を蹴った。
土が爆ぜ、木の根が飛び散る。
「下がって!」
ルミナの羽が光を放ちながら広がる。
光が弾け、衝撃が森を揺らした。
ドォン!!!
怪物は後退したが、傷一つない。
ルミナの顔が歪む。
「硬い……」
怪物が笑うような音を出した。
「その程度か」
怪物は再び突進する。
ルミナは光を放ち、何度も受け止めるが──
ドンッ!!!
ルミナの身体が吹き飛ばされた。
地面を転がり、羽の光が弱まる。
「ルミナ!」
キーリが叫ぶ。
怪物はゆっくりとキーリに近づく。
足音が地面を震わせる。
「星の器」
赤い目が近い。
キーリの足は震え、逃げようとしても動かない。
怪物が巨大な腕を上げた。
爪が月光を反射して光る。
「捕獲」
腕が振り下ろされる。
キーリは目を瞑った。
ルミナが叫ぶ。
「キーリ!」
その声が胸に響いた瞬間──
ドクンッ ドクンッ
胸の奥で何かが目覚めた。
熱が広がり、血が逆流するような感覚。
キーリは叫んだ。
「来るな!!!」
その瞬間。
キーリの足元の地面が光った。
魔法陣。
前よりも遥かに大きい。
光が地面を走り、周囲数メートルを覆う。
怪物は動きを止めた。
「……何……何だ?」
星空が強く輝き、風が渦を巻く。
光が空へと伸び、森全体が白く染まる。
ルミナは息を呑んだ。
「まさか……」
キーリの身体が宙に浮いた。
「え⁉︎」
自分でも何が起きているのかわからない。
だが、知らない言葉が口から漏れた。
「──星よ。応えろ」
次の瞬間。
空から巨大な光が落ちた。
森が白く染まり、轟音が鳴り響く。
地面が震え、木々が揺れ、村人たちが悲鳴を上げる。
怪物が初めて叫んだ。
「ぐあああああ!!!」
光の柱が怪物を包み、地面にヒビが走る。
光は数秒で消えた。
そこには──何もなかった。
怪物は跡形もなく消えていた。
キーリの身体が落ちる。
「うわっ」
ドサッ。
地面に座り込み、息が荒くなる。
「……また。私は何をしたの?」
ルミナが近づく。
その顔は驚きでいっぱいだった。
「キーリ。あなた、思っていたよりもとんでもない器みたいね」
キーリは苦笑した。
「うれしくない評価だね」
だが、ルミナは空を見上げた。
星が静かに光っている。
「これはもう──隠せない」
「何が?」
ルミナはゆっくり答えた。
「世界が、あなたを探しに来る」
キーリの背筋に、冷たいものが走った。
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