選ばれた少女(第5話)
森に静けさが戻ってからも、誰も言葉を発しなかった。
さっきまで渦巻いていた光と熱が嘘のように消え、夜の空気はひどく冷たく、湿った土の匂いだけが残っている。
木々の葉が風に揺れ、擦れ合う音が、やけに大きく聞こえた。
キーリは立ち尽くしていた。
胸の奥にあった熱はもう消えているのに、身体の芯だけがまだ震えている。
空から落ちた光。自分の足元に広がった魔法陣。
あの光景だけは、まぶたの裏に焼きついて離れなかった。
「……今の」
ようやく声が出た。
自分の声なのに、どこか遠くから聞こえるようだった。
「私がやったの?」
ルミナはすぐには答えなかった。
ただ、足元の地面をじっと見つめていた。
さっきまで光っていた魔法陣の跡。土は円形に抉れ、焦げた匂いがまだ漂っている。
だが、魔法陣そのものは跡形もなく消えていた。
「ルミナ?」
呼びかけると、ルミナはゆっくりと顔を上げた。
星の光が彼女の瞳に反射し、揺れている。
「うん……」
「どうしたの?」
ルミナは一度、夜空を見上げた。
星々が静かに瞬き、森の闇を淡く照らしている。
「やっぱり──」
風が二人の間を抜け、草が揺れた。
「あなたは普通じゃない」
キーリは苦笑した。
その言葉は、村で散々聞いてきたものと同じ響きだったから。
「それは知ってる」
魔法が使えない。
村でずっと言われてきた。
だが、ルミナは首を横に振った。
その表情は、夜の冷たさとは違う、深い真剣さを帯びていた。
「そういう意味じゃない」
「え?」
「あなたは……」
ルミナは言葉を選ぶように、星空を見上げた。
その横顔は、どこか遠い世界を思い出しているようだった。
「星の器」
キーリは瞬きをした。
意味がわからない。
星の光がルミナの頬を照らし、白い髪が風に揺れた。
「それ、何?」
ルミナは静かに話し始めた。
「星ってね──ただの光じゃない」
「魂……?」
キーリは思わず言った。
村の伝承。人が死ぬと星になる──幼い頃から聞いてきた話。
ルミナは小さくうなずいた。
「似てる」
「似てる?」
「でも少し違う。星は──力」
森の奥で虫の声が響く。
夜の静けさが、ルミナの言葉を際立たせた。
「世界にはたくさんの星があるの」
「うん」
「その中には──世界を変える力を持つ星もある」
キーリは冗談だと思おうとした。
だが、ルミナの横顔は真剣で、星の光がその瞳に揺れていた。
「その星は──時々、地上に落ちる」
キーリは思い出した。
森に落ちた光。ルミナが現れた夜。
「……ルミナみたいに?」
ルミナは少し笑った。
その笑みは、どこか寂しさを含んでいた。
「私は少し特別だけど」
「特別?」
「私はね。星を運ぶ存在」
キーリの頭が追いつかない。
森の匂い、夜の冷気、星の光──すべてが現実なのに、話だけが現実離れしていた。
「ちょっと待って……つまり──」
キーリは指を折りながら、頭の中を整理する。
「星にはすごい力がある」
「そう」
「それが地上に落ちる」
「うん」
「ルミナはそれを運ぶ?」
「そうだよ」
「で……」
キーリは自分を指差した。
「私は……何?」
ルミナは迷いなく言った。
「入れ物。器。星を宿す器」
キーリはしばらく沈黙した。
森の風が頬を撫で、遠くでフクロウが鳴いた。
「……重い話すぎる」
ルミナは笑った。
その笑いは、少しだけ安心させる温度を持っていた。
「でも本当の話」
キーリは地面に座り込んだ。
土の冷たさが、現実を突きつけてくる。
「……私。ただの村人なのに……」
「そう見えるだけ」
「そう見えるだけ?」
ルミナは真剣な顔で言った。
「でもさっき──あなたは星を呼んだ」
「呼んでないよ」
「でも──来たでしょ?」
星の光。
空から落ちた光。
あれは確かに、キーリの身体から始まった。
「……もし、本当なら」
キーリは言う。
「なんで、私なの?」
ルミナは答えなかった。
代わりに、キーリの胸を見つめた。
「空っぽだったから──」
「空っぽ?」
「でも、もう魔力で満たされている」
キーリは自分の手を見る。
指先が微かに震えていた。
「私は空だから……星が入る?」
「うん」
その理屈は、妙に納得できた。
納得したくはないけど、他に理由がなかった。
その時だった。
遠くから声が聞こえた。
「キーリ!」
「おーい!」
村人の声だ。
松明の光が木々の隙間から揺れ、近づいてくる。
「まずい」
「どうしたの?」
「村の人たちだ」
さっきの光は、森全体を照らすほど派手だった。
見られていないはずがない。
ルミナは困った顔をして、背中の羽をちらりと見た。
淡い光がまだ残っている。
「私、人多いの苦手」
「そういう問題じゃない!」
キーリは焦りながら、ルミナの背中を指差す。
「羽! どうすんの!」
ルミナは「あ……」と小さく声を漏らし、集中するように目を閉じた。
すると、羽の光がゆっくりと弱まり、霧のようにほどけて──消えた。
「おお……」
「一応、人の姿にはなれるんだよ」
キーリは胸を撫で下ろした。
その直後、村人たちが森の奥から姿を現した。
松明の炎が揺れ、木々の影が大きく伸びる。
そして──
森の奥から、低い唸り声が響いた。
空気が震えた。
松明の炎が揺れ、村人たちの顔が青ざめる。
ルミナの顔色が変わった。
「来た」
「また?」
「さっきのとは──違う」
闇が形を持ち始めた。
木々が押しのけられ、巨大な影が姿を現す。
村人の誰かが叫んだ。
「魔物だ!!」
だが、ルミナは静かにつぶやいた。
「……早すぎる。本命だよ」
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