灰色の光(第54話)
灰色の光は、ゆっくり近づいてくる。
その動きはまるで、深い水の底から浮かび上がってくる影のようだった。
空間は音を失い、キーリの呼吸だけがやけに大きく響く。
白でも黒でもない、曖昧な色。だが不思議と目を離せなかった。
胸の奥がざわつき、背筋に冷たいものが這い上がる。
視線を逸らしたいのに、逸らせない。
まるで心の奥を掴まれているようだった。
「……君は何なの?」
キーリが問いかける。
声は震えていた。自分でも気づかないほど小さく、弱い声だった。
だが返事はない。ただ静かに近づいてくる。
その沈黙が、言葉よりも重く感じられた。
白い光が揺れる。
──近づくな
黒い光も揺れる。
──触れるな
キーリは眉をひそめた。
白と黒の反応が同じ──その事実が、胸の奥に不気味な違和感を生む。
「……なんでなの」
どちらも同じ反応だった。
それが妙だった。今まで白と黒は正反対だった、なのに今は同じことを言っている。
キーリは喉の奥が乾くのを感じた。
何か、決定的な“異常”が起きている。
灰色の光がさらに近づく。
すると、景色が変わった。ブツン、と視界が切り替わる。
世界が一瞬で裏返ったような感覚に、胃がひっくり返る。
「──ッ!?」
キーリは息を呑む。
胸が強く跳ね、足元の感覚が消える。
知らない街に巨大な塔がそびえていた。光が空を飛び、見たことのない景色が広がっていた。
空気は澄み、風は柔らかく、遠くから子供の笑い声が聞こえる。
その光景はあまりにも美しく、現実離れしていた。
だが、なぜか分かった。
「これが星文明……?」
古代文明の光景。映像の中では人々が笑っている。子供たちは元気に走り回っている。とても平和な風景だった。
キーリは胸の奥が温かくなるのを感じた。
知らないはずの世界なのに、どこか懐かしい。
だが、次の瞬間。空が黒く染まった。
風が止まり、空気が重く沈む。
人々の悲鳴とともに塔が崩れ、街が燃える。
炎の熱が肌を刺すように錯覚するほど、映像は生々しかった。
「これは……」
黒星との戦争。記録で見た滅び。
だが、今までの記録と違う。
キーリの心臓が強く脈打つ。
胸の奥が冷たくなる。
黒星だけじゃない。空にはもう一つ、灰色の光があった。
「……え?」
キーリが目を見開く。
視界が揺れ、呼吸が浅くなる。
今、自分の前にいるものと同じ灰色の光、巨大なそれが空に浮かんでいる。
そして、白い星と黒い星が、同時に灰色へ攻撃していた。
「な……に……!?」
理解が追いつかない。
頭の中が真っ白になり、言葉が消える。
白と黒は敵同士だったはずだ。なのに、灰色を相手に白と黒が共闘している。
胸の奥で、世界の常識が崩れる音がした。
その瞬間、景色が砕けた。
ガラスが割れるような音が響き、視界が粉々に散る。
再び闇の空間。キーリは荒い息を吐いた。
膝が震え、心臓が痛いほど速く打っている。
「今のは何なの……!」
白い光が揺れる。
──見るな
黒い光が揺れる。
──知るな
「ふざけないで!」
キーリが叫ぶ。 声は怒りよりも恐怖に近かった。
「見せたのはそっちでしょ!」
白と黒の星は黙った。初めて、白も黒も何も答えない。
沈黙が重く、冷たい。
キーリは自分がひとりぼっちになったような感覚に襲われる。
灰色の光だけが近づいてくる。そして、キーリの目の前で止まった。
その存在は小さいのに、空間全体が灰色を中心に回っているような錯覚があった。
「……君は」
灰色の光が揺れる。
空気が震え、肌が粟立つ。
初めて、声が響いた。それは男とも女とも分からない声。古いようで新しい声。
──ようやく見つけた
キーリの背筋が凍る。 胸の奥が掴まれたように痛む。
「私を……?」
──違う
灰色は答える。
──器を
白い光が激しく揺れた。黒い光も同じだった。まるでどちらも焦っているようだった。
──黙れ
──語るな
灰色は気にしない。ただキーリを見る。
その視線は、心の奥底まで覗き込むようだった。
──お前はまだ知らない
──星の正体も
──黒星の正体も。
キーリは息を呑む。
胸が締め付けられ、呼吸が苦しくなる。
──そして
灰色の光が近づく。
距離が縮まるほど、空気が重くなる。
──自分自身の正体も
「……何?」
理解できない。
だが、次の言葉だけははっきり聞こえた。
──器は一人ではない
キーリの思考が止まる。
頭の中が真っ白になり、心臓が跳ねる。
「……え?」
一人じゃない?
星の器は、私だけじゃないのか?
胸の奥がざわつき、足元が揺らぐ。
灰色がさらに言葉を続けようとした。
だがその瞬間、白い光が強く輝く。黒い光も同時に輝く。
白と黒、二つの光が、灰色へ襲いかかった。
「なっ!?」
空間が震えて、灰色が後退する。
初めて、その光が揺らいだ。
キーリはその様子に、言いようのない恐怖を覚える。
──まだ早いか
小さな声が聞こえた。
その声は遠く、どこか寂しげだった。
次の瞬間、世界が崩壊する。闇が割れ、光が砕ける。
キーリの意識が引き戻され、最後に灰色の光だけが残った。
そして、キーリへ向かって一つの言葉を残す。
──北へ来い
その瞬間、目が覚めた。
「ッ!!」
キーリは勢いよく起き上がる。
胸が激しく上下し、汗が額を伝う。
空は暗くまだ夜。近くにはまだ赤い焚き火。そは見慣れた野営地。
焚き火の赤が揺れ、現実の温度がようやく戻ってくる。
夢だった。
だが、鼓動が速い。腕の痕が熱を持っている。
そして、耳にはまだ、あの言葉が残っていた。
──北へ来い
「……何が起きたの」
呟く。
声は震え、胸の奥はまだ冷たい。
だが、その答えを知る者はまだ誰もいなかった。
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