戦いの終幕(第52話)
影が静まり、空気が沈殿するように重くなる。
次の一撃を溜める気配が、地面の黒から立ち上り、周囲の温度を奪っていく。
ゼルが片手を上げた瞬間、空気が“裂ける予兆”を帯びた。
「終わりだ」
地面の黒が一点へ収束し、巨大な刃の形を取る。
その輪郭は揺らぎながらも、空間そのものを切断しようと震えていた。
視界の端が歪むほどの圧力。
「デカすぎだろアレ……!」
カイトの声は強がりに聞こえるが、喉が乾いているのが分かる。
「避けきれない!」
ミナの叫びは恐怖よりも焦りが勝っていた。
「防ぐ!」
レオンが前へ出る。
その背中は揺らぎなく、仲間を守るという一点だけで立っている。
「全員、俺の後ろに──」
「無理だ」
ガルドが一歩踏み出す。
影刃の圧に、彼の髪がわずかに逆立つ。
「あれは受けたら消し飛ぶ」
短い言葉が、場の空気をさらに冷やした。
一瞬の沈黙。
その隙間を割るように、キーリが前へ出た。
「私がやる」
「キーリ!」
ミナが手を伸ばす。
その指先は震えていた。
「止めんな」
キーリは振り返らずに言う。
声は短いが、迷いがない。
「今しかない」
腕の痕が脈打つ。
皮膚の下で黒が蠢き、心臓とは別の拍動を刻む。
ドクン。
黒が囁く。
──使え
──速く、強く
キーリは目を細める。
その瞳の奥で、恐怖と決意が静かに均衡を取っていた。
「……借りる。でも、奪わない」
ルミナが小さく頷く。
その表情は不安と信頼が入り混じっている。
「流して」
リディアが叫ぶ。
「危険よ! 侵食が──」
「分かってる!」
キーリは息を吐く。
胸の奥の星へ意識を落とす。
温かい拍動。
そこに腕の黒い拍動を“重ねる”。
ドクン、ドクン。
白と黒が、ぶつかり合わず、並ぶ。
境界線が一本、芯のように通る。
「……いける」
光が変わる。
純白に、細い影の縁が混じる。
揺らぎはない。
キーリの足元の影が、静かに波打つ。
「全員、合わせろ!」
キーリが叫ぶ。
声は震えていない。
「一瞬で切る!」
レオンが構える。
「やる」
ガルドが笑う。
その笑みは戦士の高揚そのもの。
「派手に行けよ」
カイトが舌打ちしつつ笑う。
恐怖を笑いで押し返す。
「背中、任せて」
ミナの声は柔らかいが、芯がある。
「波動、同期! 今!」
リディアの指先が光る。
「増幅」
ルミナが手を添える。
白い光が脈動し、空気が震える。
ゼルが振り下ろす。
「消えろ」
巨大な影刃が落ちる。
空間が悲鳴を上げるような音が響く。
同時に──
「今だァ!!!」
レオンが踏み込み、ガルドと挟撃する。
ドゴォン!!!
カイトが側面から連撃で軌道をズラす。
ギン、ギン、ギン!!!
ミナが足元を断つ。
ザンッ!!!
ルミナの光が道を焼く。
白が一直線に伸びる。
キーリが走る。
影刃の内側へ、最短距離を辿る。
腕の黒が騒ぐ。
だが暴れさせない。“流す”。
「──境界、保て」
一歩。二歩。
距離ゼロ。
ゼルの目前。
無表情の瞳が、わずかに揺れる。
その揺れは、理解か、驚愕か。
「……それは」
「答えだ」
キーリが剣を振り上げる。
白と黒の境界が、刃に宿る。
「与えて、流して──返す」
振り下ろす。
「──断ち切れ!!!」
ズバァン!!!
白と黒の縁を持つ一閃が、ゼルの中心を貫く。
影が割れ、空間が鳴る。
「ギィ……!」
初めて、ゼルの声に歪みが混じる。
「まだだ!」
レオンが叫ぶ。
「押し込め!」
ガルドが咆哮。
「乗せろォ!!!」
カイトが笑う。
「いけぇ!!!」
ミナが背を押す。
「流し切って」
ルミナが囁く。
「核、露出してる! 今なら届く!」
リディアの声が震える。
キーリはさらに踏み込む。
剣に流し続ける。
奪わない。ただ満たす。
「終われ──!!!」
ドンッ!!!
閃光が弾ける。
影刃が崩壊する。
ゼルの体を形作っていた黒が、砂のように剥がれ落ちる。
中心に、小さな“核”が見える。
濃い黒の点。
脈動は弱いが、確かに“心臓”のように鼓動している。
「見えた!!!」
ミナの声が震える。
キーリが最後の一撃を叩き込む。
「──砕けろ!!!」
バキィィン!!!
核に亀裂。
広がる。
音もなく崩れる。
同時に領域が消える。
重さが抜け、空気が戻る。
ゼルの体が崩れ始める。
「……器……」
ゼルがかすかに呟く。
「その在り方……」
言葉は途中で途切れ、黒が完全に霧散した。
風が通る。
冷たいが、どこか優しい風。
「……終わり、か」
レオンが息を吐く。
ガルドが剣を肩に担ぐ。
「骨のある相手だったな」
カイトが座り込む。
「マジでヘトヘトだわ……」
ミナが笑う。
「でも勝った!」
リディアが周囲を確認する。
「影の反応、消失。残滓も急速に減衰してる」
ルミナはキーリを見る。
その瞳は安堵と心配が混じる。
「……境界、保てたね」
キーリは剣を下ろす。
腕の痕を見る。
黒は薄く残っているが、さっきより静かだ。
「……ああ。ギリギリな」
息を吐き、空を見上げる。
夜の星が増えている。
その光は、戦いの余韻を静かに照らしていた。
そのとき、足元で、小さな“黒い欠片”がころりと転がった。
誰も気づかないほど小さい。
ドクン。
ほんの微かな脈動。
キーリの視線が、わずかに落ちる。
「……」
だが何も言わずに顔を上げる。
胸の奥で、白と黒の境界がわずかに揺れた。
「行こう」
レオンが頷く。
「ああ。ここに長居は無用だ」
ガルドが背を向ける。
「報告もある」
カイトが立ち上がる。
「飯食いてぇ……」
ミナが笑う。
「それな!」
リディアがメモを取り始める。
「解析、やること山ほど……」
ルミナは最後に一度だけ、地面を見る。
黒い欠片は、星の光を受けてわずかに光った。
そして何も言わず、歩き出した。
星は静かに瞬く。
その下で──消えたはずの黒は、ほんの少しだけ、残っている。
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