ゼルとの戦い(第50話)
外は、まだ戦場だった。
森を覆う夜気は冷たく澄んでいるのに、その下の地面だけが戦いの熱を吸い込み、じんわりと温かい。
湿った土の匂いが鼻を刺し、折れた枝が散乱し、踏みしめるたびに乾いた音を立てる。
──カンッ、ギィンッ!
鋼と影がぶつかる甲高い衝突音が、森の奥へと吸い込まれていく。
音はすぐに闇へ溶け、代わりに“何かが削れるような低い唸り”だけが残った。
「……いたな」
レオンが目を細める。
その視線の先──木々が不自然に倒れ、幹は斜めに裂け、地面は巨大な獣が爪で抉ったように深くえぐれていた。
まるで森そのものが恐怖して後ずさったかのように、空間だけがぽっかりと開いている。
その中心で、二つの影がぶつかっていた。
ガルドと──ゼル。
ガルドの肩は上下し、荒い息が白く漏れる。
だがその眼光は獣のまま、闘志の火がまだ消えていない。
「遅かったな、ガキども」
声は掠れているのに、戦士の余裕が滲む。
対するゼルは、まるで別の世界に立っているかのように静かだった。
足元から広がる黒い影は、夜よりも濃く、触れれば即死する毒のような冷たさを放っている。
影の縁は常に揺らぎ、まるで呼吸しているように脈打っていた。
「装置は止まったか」
「止めた」
レオンが短く答える。
「……そうか」
ゼルの目が、わずかにキーリへ向いた。
その視線は冷たいのに、どこか“観察者”の色がある。
まるでキーリの内側──心臓の鼓動や、恐怖の震えまで覗き込んでいるような不快さが走った。
「ならば次は──“器”だ」
ゾワッ、と空気が冷えた。
森の温度が一瞬で数度落ちたように感じる。
葉の表面に薄い霜が張ったような錯覚すら覚える。
「来るぞ!!!」
レオンの叫びと同時に、影が爆ぜた。
破裂音はなく、ただ“形が変わる音”──粘度のある液体が一瞬で刃へ変わるような、嫌な音だけが響く。
無数の黒い刃が、闇を裂いて襲いかかる。
「散れ!!!」
全員が動いた。
ガルドが前に出る。「まとめて相手してやる!」
大剣を振り抜く。
ドォンッ!!!
衝撃で周囲の木々が震え、葉が雨のように舞い落ちる。
影が薙ぎ払われる──だが。
「……軽いな」
ゼルの呟きは、まるで“結果が分かっていた”という響き。
切り裂かれた影は液体のように形を取り戻し、再び刃へと変形する。
「チッ、再生かよ!」
カイトが飛び込む。「なら刻む!」
高速の連撃が影を細かく裂く。
ザシュッ、ザシュッ!!!
黒い破片が宙に散るが、すぐに集まり、元の形へ戻る。
「キリねぇな!」
カイトが舌打ちしながら距離を取る。
「光で削る!」
ルミナが前へ。
「──照らせ」
白が広がる。
夜の闇を押し返すような光が影を焼き、焦げたような匂いが漂う。
「効いてる!」
ミナが叫ぶ。
だがゼルは微動だにしない。
「黒星は未完成。だが影は違う」
影が地面から盛り上がり、人型へと変形する。
その輪郭は不安定で、まるで煙が人の形を真似ているようだった。
そして──数が増える。
「うわ、増えたんだけど!?」
ミナが後ずさる。
「分体……!」
リディアが息を呑む。
「影そのものを実体化してる!」
「面白ぇ」
ガルドが笑う。
その笑いは戦士のものだが、焦りが混じっている。
「なら全部叩き潰すだけだ!」
突進して豪快な一撃を放つ。
ドゴォン!!!
影の一体が消し飛ぶ。
だが、その瞬間──ゼルが消えた。
「ガルド、後ろ!!!」
レオンの叫び。
影が伸びる。刃となって背後から襲う。
「甘ぇよ」
ガルドが振り向きざまに受ける。
ガキィン!!!
火花が散り、地面に赤い光が跳ねる。
「……速いな」
「お前が遅い」
ゼルの声は平坦。
だがその攻撃は、冷徹な殺意だけを帯びていた。
レオンが横から割り込む。
「加勢する!」
二人で挟む形になる。
「いい連携だ」
ゼルが淡々と言う。
「だが──足りない」
影がさらに広がり、地面一帯が黒に染まる。
黒は地面を飲み込み、木々の根を覆い、空気の流れすら変えていく。
「……領域か」
リディアが震える声で呟く。
「さっきの遺跡と同じ……!」
重さが増し、身体が鉛のように鈍る。
呼吸すら影に絡め取られるような圧迫感。
「またこれかよ……!」
カイトが顔をしかめる。
その時──キーリの胸が反応した。
ドクン。
腕の痕も、微かに脈打つ。
影の領域と共鳴するように、黒星の残滓が熱を帯びる。
「……繋がってる」
キーリが呟く。
その声は震えていたが、恐怖だけではない。
「黒星の残滓……こいつの中にある」
ルミナが小さく頷く。
「だから安定してる。“未完成じゃない影”」
ゼルが一歩踏み出す。
その足音は静かなのに、森全体が揺れたように感じた。
「理解が早いな」
その目が、キーリを捉える。
冷たいのに、どこか期待しているような──そんな歪んだ光。
「ならば問おう。“器”よ」
影が静かに揺れる。
「お前は、どちらだ」
空気が凍る。
「星か」
影が伸びる。
「黒星か」
キーリは剣を握る。
腕の痕が脈打つ。
ドクン。
仲間の気配が、背にある。
その存在が、恐怖を押し返す。
「……決まってるだろ」
胸の奥で光が静かに灯る。
弱いが、確かな光。
「私は──」
その瞬間。
ゼルが消えた。
「来る!!!」
戦いが、再び爆発する。
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