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星を拾った少女  作者: 倉木元貴


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決戦と脱出(第49話)

「──終わりだよ」


 踏み込んだ瞬間、キーリの足裏に遺跡の床がわずかに沈む。

 乾いた石がきしむ音が、薄暗い空間に小さく響いた。

 崩れかけた天井からは細かな砂が絶えず降り続け、漂う粉塵が彼女の動きに合わせてふわりと舞い上がる。

 光の届かない奥では、黒い“核”が生き物のように蠢き、冷たい気配を吐き出していた。


 剣に集まった光は、まるで呼吸するように脈打ち、

 淡い金色の波紋が刃から広がり、周囲の闇を押し返す。

 その光は静かに、しかし確実に“種”へと流れ込んでいく。


 ドクン。


 黒が最後の抵抗を見せた。

 核の中心が、まるで心臓のように脈打ち、光を押し返すように波打つ。

 その黒は液体のようであり、煙のようでもあり、触れれば皮膚を焼く毒のような気配を放っていた。

 周囲の空気がわずかに歪み、黒の脈動に合わせて温度が下がる。


「まだだ!!!」


 レオンの叫びが、崩れかけた天井に反響する。

 その声は焦りではなく、仲間を信じる強い意志の音だった。


「押し切れ!!!」


「乗せろぉ!!!」


 カイトの腕が震える。汗が飛び散り、光の流れにさらに力を加える。

 ミナが背を押し、リディアが風の流れを読み、ルミナが静かに囁く。


「……与えて」


 その声は、黒のざわめきの中でも不思議とよく響いた。

 キーリは歯を食いしばる。腕の痕が熱を帯び、皮膚の下で黒がわずかに蠢く。

 黒い痕はまるで生きた影のように、淡く脈動していた。


「分かってる!」


 もう一歩。さらに一歩。

 距離はゼロ。剣先が核に触れた瞬間、光と黒がぶつかり合い、空気が震えた。

 衝突の瞬間、遺跡全体が息を呑んだように静まり返る。


「全部……返す!!!」


 ドンッ!!!


 光が核の中心に届く。

 一瞬、世界が静止したように感じた。

 音が消え、空気が止まり、仲間の気配すら遠のく。


 ──そして。


 バキィィン!!!


 小さな“種”が、内側から砕けた。

 黒が崩れ、砂のようにほどけ、空気に溶けていく。

 その消滅は、まるで長い悪夢がようやく終わったかのような静けさを伴っていた。

 黒が消えるたび、空気が少しずつ澄み、光が戻ってくる。


「……消えた」


 リディアが息を吐く。肩がわずかに震えている。


「完全に、反応なし」


「マジで終わりか……」


 カイトが肩の力を抜き、へたり込むように座り込む。

 ミナもその場に座り込み、胸を押さえながら深く息を吐いた。


「はぁぁ……今度こそ……」


 レオンが剣を収める。

 その動作は慎重で、しかしどこか安堵の色が滲んでいた。


「よくやった」


 ルミナがキーリの腕を見る。

 黒い痕は薄く残っているが、広がってはいない。


「侵食は?」


 キーリはゆっくり腕を上げる。

 痕は、まるで消えた黒の名残が皮膚に刻まれたように静かに残っていた。


「……止まってるみたい」


「まだ完全には消えてない」


 リディアが眉をひそめる。


「でも活動はない……今は」


「今は、かよ……」


 カイトが苦笑する。


 ゴゴゴゴ……


 遺跡全体が大きく揺れた。

 天井の石片が落ち、床が軋む。空気が震え、崩壊の予兆が全身を叩く。

 壁の亀裂が一斉に走り、砂煙が滝のように降り注ぐ。


「ッ、まだ崩れる!」


 レオンが即座に指示する。


「脱出優先だ! 急ぐぞ!」


「こっち!」


 リディアが風の流れを指す。

 崩落の中でも、彼女の目は冷静だった。


 全員で走る。

 砕ける床、落ちる岩、舞い上がる粉塵。

 視界は白く濁り、呼吸は荒く、足元は不安定。ギリギリの回避が続く。


「うおっ! マジで崩壊じゃねぇか!」


「さっさと出るよ!」


 ミナが先導し、カイトが叫びながらついていく。


 ルミナはキーリの横を離れない。


「足元、気をつけて」


「分かってる」


 だが、キーリの意識は一瞬だけ別に向いた。

 胸の奥の“星”は静かだ。

 けれど──腕の“痕”が、微かに脈打つ。


 ドクン。


 その鼓動は、黒が完全に消えていないことを告げるようだった。

 黒い痕が淡く光り、まるで呼び声のようにキーリの神経を震わせる。


「……」


「キーリ?」


 ミナが振り向く。


「いや、なんでもない。行こう」


 ごまかすように前を見る。

 崩れた天井の隙間から、光が差し込む。


「出口だ!!!」


 レオンが叫ぶ。

 全員が最後の力で駆け抜ける。


 直後──


 ドォォォン!!!


 背後で遺跡が完全に崩壊した。

 外の空気が一気に流れ込み、冷たい風が頬を撫でる。

 埃っぽい匂いが肺に入り、ようやく現実に戻った感覚がする。


「……生きてる……」


 ミナがぽつりと呟く。


「奇跡だな、こりゃ」


 カイトが笑う。


 レオンが振り返り、崩れた遺跡を見つめる。


「任務は達成……だな」


 リディアも頷く。


「黒星の反応、完全消失。少なくとも、この遺跡からは」


 ルミナはキーリを見る。


「選択、終わった?」


 キーリは少し考え、首を振る。


「……いや」


 空を見上げる。

 夜が近い。

 星がひとつ、静かに瞬き始めていた。


「まだ途中だ」


 そのとき、遠くから戦闘の気配。

 金属の衝突音が風に乗って届く。


「……外、まだ終わってないみたいだな」


 カイトがニヤリとする。


 レオンが頷く。


「ガルドとゼルだ。加勢に行くぞ」


「もちろん!」


 ミナが立ち上がる。


 リディアも装備を整える。


「今のうちに決着つけないと」


 ルミナが静かに言う。


「黒星は止めた。でも“教団”は残ってる」


 キーリは剣を握る。

 腕の痕が、もう一度だけ脈打つ。


 ドクン。


 その鼓動は、まるで次の戦いを促す合図のようだった。


「……行くぞ」


 星の光と、わずかな黒を宿したまま、次の戦いへ。

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