黒が沈む(第45話)
黒が濃くなる。
遺跡の空気が、ゆっくりと沈んでいくようだった。
冷気でも熱でもない、“重さ”だけが肺に入り込んでくる。吸うたびに胸が圧迫され、心臓の鼓動が遅くなる錯覚すらあった。
石壁の紋様が黒に染まり、まるで古代の記憶そのものが塗りつぶされていく。
「さっきより、ヤバくなってるな……」
カイトが低く呟く。声が空間に吸われ、響きが短い。
「ええ。“種”が環境を書き換え始めてる」
リディアの声は震えていないが、指先がわずかに強張っていた。
「ここ自体が、黒星の内側みたいになってる」
ミナが不安そうにキーリを見る。
黒い光が反射する彼女の瞳は、揺れていた。
「ねえ……キーリ、大丈夫?」
「……まだ大丈夫」
短く答えたが、額には細かな汗が浮かび、呼吸が浅い。
黒の圧力が、彼女の内側にまで入り込んでいるのが分かった。
ドクン。
黒い“種”が脈打つ。
そのたびに空間が波紋のように歪み、床の石が液体のように揺れる。
「来るぞ!」
レオンが叫ぶ。黒い存在が、影のように消えた。
「右!」
キーリの声は鋭く、しかしどこか苦しげだった。
ガキィン!
レオンが剣で受け止め、火花が黒に飲まれて消える。
「助かる!」
「次、上!」
ミナが跳び、空間を裂くように刃を振る。
ザシュッ!
黒い霧が散り、すぐに再び形を成す。
「いいぞ、そのまま押し切る!」
カイトが連撃を叩き込む。
だが──
ドクン。
「ッ……!」
キーリの視界が揺れた。
黒い“種”の脈動が、彼女の感覚を直接揺さぶる。
「また来たか……!」
カイトが舌打ちする。
「位置が……ブレる……!」
キーリは歯を食いしばり、揺れる視界を無理やり固定しようとする。
だが黒は、彼女の“中心”を狙って揺らしてくる。
「無理すんな!」
レオンが叫ぶ。
「一度下がれ!」
「いや……ここで止める!」
キーリは踏みとどまった。
胸の奥の星が、強く脈動する。
──もっと深く、来い
そんな声にも似た感覚が、内側から流れ込む。
「……っ、やるしかないね」
キーリは目を閉じた。
一瞬だけ、外界の情報を遮断する。
聞くのは、“星”だけ。
ドクン。
今度の鼓動は違った。
黒ではない。柔らかく、温かい光の脈動。
「……分かる」
目を開く。
黒い流れの中に、一本の“筋”が浮かび上がる。
まるで星が道を照らすように。
「そこだッ!!!」
ズバァン!!!
キーリの一撃が、黒い存在の核を正確に貫いた。
「当たった!?」
ミナが叫ぶ。
「いや、今のは完全に捉えてる!」
リディアが興奮気味に言う。
「いいぞキーリ!」
カイトが笑う。
「そのままナビれ!」
「任せて!」
連携が加速する。
キーリの声が、全員の動きを導く光のように響く。
「左三歩!」
「了解!」
レオンが踏み込み、黒の刃を弾く。
「後ろ、低い!」
「オッケー!」
ミナが滑り込み、ナイフで切り裂く。
「正面来る、速い!」
「任せろォ!!!」
カイトが迎撃し、拳の連撃が黒を押し返す。
「効いてる……!」
リディアが息を呑む。
「確実に動きが鈍ってる!」
だが。
ドクン。
今までで一番、深い脈動。
「……来る!」
ルミナが呟く。
黒い“種”が大きく歪み、空間が──
“反転”した。
「──は?」
上下の感覚が消え、床が壁に、壁が天井に、天井が足元に。
視界がぐるりと回転し、吐き気が込み上げる。
「なんだこれ!?」
カイトが体勢を崩す。
「空間ごと書き換えてる……!」
リディアが叫ぶ。
「こんなの、ありえない……!」
黒い存在が、ゆっくりと立ち上がる。
その輪郭は、さっきよりも“整って”いた。
人に近い。
まるで、完成に向かっているかのように。
「完成、進んでる……!」
ミナが震える。
キーリは歯を食いしばる。
「……止める」
だがその瞬間。
ドクン。
胸の中の“星”と、“種”の鼓動が重なった。
「ッ……!?」
頭にノイズが走る。
──受け入れろ
──混ざれ
──完全になれ
「……ふざけないで……!」
キーリが叫ぶ。
だが身体が一瞬、黒に引きずられるように動かなくなる。
「キーリ!?」
レオンが振り向く。
黒い存在が、その隙を逃さず突っ込む。
「まずい!!!」
間に合わない。
そのとき──
パァン!!!
光が弾けた。
「──触らせない」
ルミナだった。
全力の光魔法が黒を弾き飛ばし、空間の歪みすら押し返す。
「ルミナ……!」
「集中して」
短く、しかし強い声。
「飲まれたら終わる」
「……うん」
キーリは息を整える。
だが、理解してしまった。
「これ……拒むだけじゃダメだ」
「何?」
リディアが聞き返す。
「黒星……ただの敵じゃない」
キーリは黒い“種”を見る。
「私に干渉してくる。“選べ”って」
静かに言う。
「星として生きるか。黒星になるか」
「……そんなの、答え決まってるでしょ!」
ミナが叫ぶ。
「普通はな」
カイトが苦笑する。
「でも、簡単じゃねぇ顔してるぞコイツ」
キーリは黙る。
黒星の力は強い。圧倒的だ。
そして──どこか、理解できてしまう。
「……どっちも、“世界の外”から来てる」
ぽつりと呟く。
「なら……何が違うんだよ」
ルミナが答える。
「在り方」
全員が彼女を見る。
「星は“与える”」
「黒星は“奪う”」
短い言葉。だが核心だった。
キーリは胸の中の星に触れる。
温かい。
心が満たされる。
「……私は」
黒を見る。
冷たく、空っぽだ。
「……決める」
剣を握る手に光が宿る。
まだ完全じゃない。
でも──方向は定まった。
「お願い! 時間稼いで!!!」
キーリが叫ぶ。
「一撃で終わらせる!!!」
レオンがニヤリと笑う。
「やっと来たか」
カイトが構える。
「派手なの頼むぜ」
ミナが頷く。
「任せて! 時間稼ぎは得意なのよ!」
ルミナは静かに光を集める。
「私も準備するわ」
リディアも叫ぶ。
「波動、全部読む!」
黒い存在が再び構える。
空間が歪み、戦いは最終局面へ。
キーリは剣を構えた。
「……これが、俺の選択だ」
光が、強くなる。
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