黒の種子(第44話)
崩れかけた遺跡の中心で、黒が再び蠢く。
瓦礫の隙間から吹き込む冷たい風が、黒い“種”の脈動に合わせて震えているようだった。
さっき砕いたはずの黒星。その奥にあった“種”が、ゆっくりと、しかし確実に脈打っていた。
ドクン。
ドクン。
さっきよりも静か──だが、底の見えない深さを孕んでいる。
「……嫌な感じ、増してるんだけど」
カイトが顔をしかめる。額に汗が滲む。
彼の直感は、戦場で何度も命を救ってきた。その彼が“嫌だ”と言うのだ。
「さっきのが嵐なら、今のは底なし沼って感じだな……」
「例えになってないようで、妙に的確ね……」
リディアが息を整えながら答える。
彼女の指先は微かに震えていた。魔力の流れが乱されている証拠だ。
「波動が安定してる……。つまり、“形が定まってきてる”」
「完成に近づいてるってことかよ」
「ええ……最悪の形でね」
ミナがキーリの隣に立つ。
彼女の目は笑っていない。軽口を叩く余裕すら奪われていた。
「ねえ……さっきの、“選べ”ってやつ」
小さな声。
その声には、恐怖よりも“確かめたい”という焦りが混じっていた。
「どういう意味なの……?」
キーリは答えない。
いや、答えられない。胸の奥で何かが形になりかけているのに、まだ掴めない。
「……今は後だ」
レオンが前に出る。
その背中は、揺るぎない盾のようだった。
「まずは、あれを止める。話はそれからだ」
剣を構える。
刃に映る黒い“種”が、まるでこちらを見返しているように見えた。
ドクン。
黒い“種”が脈打つ。
次の瞬間──空間が、沈んだ。
「……ッ!?」
全員の体が、一瞬重くなる。
足元の石床が、泥のように沈む錯覚。
「なにこれ……重い……!」
ミナが顔を歪める。
「重力……じゃない……」
リディアが首を振る。
彼女の瞳は恐怖よりも“理解できないものへの怒り”で揺れていた。
「存在そのものを引きずり込んでる……!」
黒い霧が広がる。
逃げ場を塗りつぶすように、静かに、確実に。
「来るぞ……!」
レオンの声が低く響く。
霧の中から、人型が現れる。
さっきより滑らかで、静かで、そして──“完成に近い”。
「……速いぞ、これ」
カイトが呟いた瞬間、人型は消えた。
「右!!!!」
ルミナの声が空気を裂く。
ガキィン!!!!
レオンがギリギリで受け止める。
衝撃が腕を痺れさせるほど重い。
「進化してる……!」
リディアが叫ぶ。
「戦いながら、最適化してるのよ!」
「最悪すぎるだろそれ!」
カイトが飛び込むが──
「ッ!?」
逆に弾かれる。
風圧だけで体勢が崩れるほどの速度。
「はやっ……!」
ミナが横から仕掛ける。
「こっちだよ!」
ナイフを投げる。だが、空を切る。
「避けた!?」
「いや──」
ルミナが呟く。
「最初からそこにいない」
ゾッ──と、背筋が凍る。
黒の存在が、曖昧になっている。
「位置が定まってない……!?」
リディアが震える。
「観測できない個体になってる……!」
「何だよそれ! 意味わかんねぇよ!!!」
カイトが叫ぶ。
「どうやって戦えってんだ!!!」
ドクン。
黒い“種”が、また脈打つ。
その瞬間。
「──見えた」
キーリが呟いた。
全員が振り向く。
「キーリ……?」
キーリの瞳が淡く光っている。
光は揺らぎながらも、確かな“方向”を示していた。
「流れがある……黒の」
ゆっくりと、一歩踏み出す。
足元の石が、彼の気配に呼応するように震えた。
「そこにいる」
剣を振る。
ズバァン!!!
空間が裂け、黒い存在が弾き出される。
「当たった!?」
ミナが目を見開く。
「マジかよ……!」
カイトが笑う。
「見えてんのか!?」
「……見えてるんじゃない」
キーリは首を振る。
「感じてる」
胸の中の“星”が、導いている。
その光は、黒の流れを照らす唯一の灯火。
「星が……教えてくれる」
ルミナが、わずかに目を細めた。
「……それが、“器”」
ドクン。
黒い存在が再び構える。
だが今度は、キーリが先に動く。
「位置、分かる!!!」
キーリが叫ぶ。
「左、来る!!!」
レオンが即座に反応し、剣を振るう。
ガキィン!!!
「よしっ!!!」
「次、後ろ!!!」
ミナが振り向きざまに斬る。
ザシュッ!!!
「当たる……!!!」
「いいぞ、そのまま続けろ!!!」
レオンが叫ぶ。
“見える一人”を軸に、全員が連携していく。
恐怖よりも、希望が勝ち始めていた。
「キーリ、最高だ!!!」
カイトが笑う。
だが──
ドクン。
黒い“種”が、強く脈打つ。
「……ッ!」
キーリの身体が揺れる。
胸の奥の星が、乱される。
「キーリ!?」
ミナが叫ぶ。
「ぐっ……!」
視界が歪む。
“見えていた流れ”が、黒い波に飲まれるように乱れていく。
「……邪魔、してきてる……!」
リディアが歯を食いしばる。
「黒星が干渉してるのよ!!!」
「チッ、そう簡単にはいかねぇか!」
カイトが舌打ちする。
黒い存在が、再び消える。
「位置が……」
キーリが息を荒げる。
「分からない……!」
その瞬間。
「──危ない!!!」
ルミナの声。
黒が、キーリの目の前に現れる。
「ッ──!」
避けられない。
だが。
ガキィン!!!
レオンが割り込む。
「ぼーっとすんな!!!」
「……っ、ありがとう!」
キーリが歯を食いしばる。
「……まだ、足りない」
胸の中の星が揺れる。
もっと深く。もっと強く。もっと“選ばなければ”。
「……選べ、ってことなんだね」
キーリがぽつりと呟く。
“星”か、“黒星”か。
その意味が、少しずつ形になっていく。
ドクン。
黒い“種”が脈打つ。
まるで、キーリを誘うように。
「……どうしたらいいの?」
キーリは剣を握り直す。
その手は震えていたが、目は逸らさなかった。
「そんなもん、簡単に決められないよ」
だが──時間は、待ってくれない。
黒は確実に“完成”へ近づいている。
そして、“選択”の時も、すぐそこまで来ていた。
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