星か黒星か(第43話)
黒い霧が、奔流となって襲いかかる。
空間そのものが砕け、押し寄せてくるようだった。
視界が歪み、耳鳴りが走る。存在の輪郭が削られる感覚。
「散開!!」
レオンの号令で全員が弾けるように動く。
直後、黒の波が地面をえぐり取った。
ドォンッ!!!
床が崩れ、遺跡全体が悲鳴を上げるように震える。
「うわっ、ぶねぇ!」
転がりながらカイトが叫ぶ。
喉が震えているのに、声だけは妙に軽い。
「これ当たったら消し飛ぶぞ!」
「ただの魔法じゃない……存在そのものを削る系ね……!」
リディアが歯を食いしばる。
額に汗が浮かび、手の震えを必死に抑えている。
「触れたら終わりよ!」
「なら──触れなきゃいいだけだ!」
カイトが笑う。
恐怖を押し殺すための笑い。だが、その足は迷いなく前へ。
影の隙間を縫うように、一瞬で加速する。
「ミナ! 合わせろ!!」
「オッケー!!」
ミナが逆方向から飛び込む。
左右からの同時攻撃。息が合っているというより、
“死にたくない”という本能が二人を同期させていた。
「いくよッ!」
「食らえぇ!」
ザンッ! ザシュッ!
黒い存在の胴を、二人の刃が同時に裂く。
確かな手応え──しかし。
「浅い!?」
「硬ぇ!」
傷は入る。だが、深くない。
そして──ぐにゃり、と肉が動く。
まるで“形を保つ気がない”生き物のように。
「再生、早すぎ……!」
ミナが後退する。
背筋を冷たいものが走り、呼吸が乱れる。
「ルミナ!」
キーリが叫ぶ。
「うん」
ルミナはすでに詠唱を終えていた。
その横顔は恐怖よりも、使命感で固められている。
「──光よ、貫け」
魔力を収束し、圧縮。そして解放。
バチィィン!
一直線の光が、黒い存在を貫いた。
「ギィィィィ!」
初めて声が上がる。
悲鳴とも、ノイズともつかない音。
空気が震え、遺跡の壁がざわめく。
「効いてる!!」
リディアが叫ぶ。
その声には、希望と恐怖が入り混じっていた。
「やっぱり光は有効!!」
だが──
ドクン。
黒星が脈打つ。
次の瞬間、貫かれた穴が瞬時に埋まった。
「は!?」
カイトが目を見開く。
「今の全力だろ!?」
「本体が無事なら、無限再生……!」
リディアの声が震える。
理解したくない現実を、口が勝手に告げてしまう。
「くそっ、チートかよ!!」
「なら、やることは一つだ」
レオンが前に出る。
視線は、黒星へ。
その目は恐怖を押し殺し、ただ“仲間を生かす”ためだけにある。
「キーリを通す」
全員が理解する。それしかない。
「任せろ」
カイトがニヤリと笑う。
その笑みは、死地に飛び込む覚悟の証。
「時間稼ぎは得意分野だ」
「私も!」
ミナがナイフを構える。
膝が震えているのに、前へ出る足は止まらない。
「絶対止める!」
ルミナはキーリを見る。
その瞳は揺れていない。
「……あなたが、終わらせる」
「ああ」
キーリは頷いた。
その瞬間、黒い存在が動く。
一直線に──キーリへ。
「来るぞ!!!」
レオンが割り込む。
ガキィン!
剣と黒がぶつかる。
だが、押される。
黒は“質量”ではなく、“概念”で押してくる。
「ぐっ……!」
「レオン!!」
「止まるな、キーリ!! 行け!!」
キーリは走った。
黒い霧をすり抜ける。
仲間が切り開いた、わずかな隙間を。
「させるかよォ!!」
カイトが横から飛び込む。
連撃。速度で圧倒する。
「ほらほらほらぁ!!」
斬る、斬る、斬る。
黒い霧が散る。だが再生する。
それでも──足は止まる。
「こっちもいるよ!!」
ミナが背後から跳ぶ。
ナイフを突き立てる。
「動くなぁ!!」
「──光」
ルミナの魔法が炸裂する。
爆光。視界が白に染まる。
「今だ!!」
レオンが叫ぶ。
キーリは、装置の前に辿り着いた。
黒星が、目の前にある。
ドクン。
ドクン。
脈動が、直接頭に響く。
意識が引きずられる。
「……ッ……!」
膝が震える。
心臓が握りつぶされるような圧迫感。
「……来い」
黒星が、誘っている。
取り込もうとしている。
──壊せ
──満たせ
──一つになれ
「……違う」
キーリが剣を握る。
光が、溢れる。
「俺は……お前じゃない」
胸の中の“星”が強く輝く。
優しい光。温かい光。
“奪う”のではなく、“与える”光。
「……これが、“星”だ」
剣に、限界まで光が集まる。
背後で仲間たちが叫ぶ。
「キーリ!! 早くしろ!!」
「もう抑えきれねぇ!!」
黒い存在がこちらに向く。
止めを刺そうとする。
間に合わない──
──いや。
「間に合わせる」
キーリは踏み込んだ。
剣を、振り下ろす。
「──斬れぇぇぇぇぇ!!」
光が走る。
黒星に触れた。
その瞬間、世界が止まった。
音が消える。
色が消える。
ただ一つ、“感覚”だけが残る。
──星は、与える。
温かい。満たされる。
──黒星は、奪う。
冷たい。空っぽになる。
「……これが、違い……」
理解した。
言葉ではなく、魂の奥で。
バキン。
黒星に亀裂が走る。
「……え?」
リディアが呟く。
光が内部から溢れた。
黒が崩れる。
「ギィィィィィ!!」
黒い存在が絶叫する。
体が崩壊していく。
「やった……?」
ミナが呟く。
だが──
ドクン。
全員が凍りついた。
「……嘘でしょ……」
リディアの声が震える。
砕けたはずの黒星。
その奥に──“もう一つ”あった。
より小さく。
より濃い、黒。
それが、ゆっくりと脈打つ。
「……未完成じゃなかったの……?」
ルミナが、初めて動揺した声を出す。
「違う……」
キーリが呟く。
理解してしまった。
「これ……“種”だ……」
新たな黒が広がる。
遺跡が軋む。
世界が拒絶するように震える。
「……まだ、終わってない」
レオンが剣を構える。
黒が再び形を成し始める。
さっきよりも──濃く、深く。
「……マジかよ」
カイトが笑う。
だが、その目は鋭い。
“覚悟”の色。
ミナが震えながらも前に出る。
「……やるしか、ないよね」
ルミナがキーリを見る。
「選んで」
静かに言う。
「“星”か、“黒星”か」
その問いは──記録にあった言葉と同じだった。
キーリは剣を握る。
答えはまだ出ない。
だが──戦いは続く。
黒星は、まだ生きている。
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