黒との戦い(第42話)
──それは、“形”を持っていなかった。
いや、持とうとしている最中だった。
黒星が裂けた中心。そこから溢れ出した“何か”は、どろりとした液体のように蠢きながら、無理やり輪郭を作っていく。
腕のようなもの。脚のようなもの。だが、どれも歪んでいる。長すぎ、短すぎ、曲がりすぎている。まるで“形”という概念を手探りで模倣しているかのようだった。
「……なに、あれ……」
ミナの声が震える。喉がひきつり、息が浅くなるのが自分でも分かる。
誰も答えられない。ただ一つだけ確信できた──あれは、この世界のものじゃない。
「……黒星の、完成体……?」
リディアが呟く。だがその声には確信がない。
「いや……違う……」
ルミナが首を振る。瞳が揺れている。
「完成してない。だから、ああやって“形を探してる”」
その言葉の直後。
ズンッ!!
“それ”が地面に落ちた。衝撃で床が砕け、粉塵が舞い上がる。同時に、空間そのものが歪んだ。
空気が波打ち、視界が揺らぐ。まるで世界が拒絶反応を起こしているようだった。
「来るぞッ!!」
レオンの叫びが響く。
次の瞬間──“それ”は消えた。
「──は?」
カイトが間抜けな声を漏らす。
直後、背後に“気配”が落ちてきた。冷たい刃物を首筋に当てられたような感覚。
「カイト!」
キーリの叫び。
振り向く暇もない。黒い腕が、カイトの首を掴む。
「させるか!」
ガキィン!!
レオンの剣が割り込む。火花が散り、金属音が空間を裂く。
だがレオンの表情が歪む。
「重っ……!」
押し負ける。
人型の“それ”は、ありえない力で腕を振り抜き、レオンごと吹き飛ばした。
「ぐあっ!」
「レオン!」
ミナが駆け寄ろうとする。だが──
「ミナ! 危ない!」
ルミナの警告。
黒い影が、地面から一斉に突き出す。槍のように鋭く、冷たく。
「ッ!」
ミナはとっさに跳ぶ。だが空中では無防備。
そこへ──“それ”が迫る。速い。速すぎる。
空気が裂け、時間が伸びるように感じた。
「ミナァ!」
カイトの叫び。だが手は届かない。間に合わない。
その瞬間──
キィィン……!!!
空気が震え、白い光が一直線に走った。
ズバァン!!!
“それ”の腕が斬り飛ばされる。
「──は?」
カイトが目を見開く。
ミナの前に立っていたのは──キーリだった。
全身から、白い光が噴き上がっている。髪が揺れ、瞳が淡く輝く。
「仲間には……触らせない」
低い声。いつものキーリではない。
どこか、別の存在が彼女を通して語っているような響き。
「キーリ……?」
ミナが呟く。胸がざわつく。
キーリは黒い存在を睨みつける。その瞳は、星のように淡く光っていた。
ドクン。
黒星が脈打つ。
それに呼応するように、“それ”の腕が再生する。
「再生……!」
リディアが叫ぶ。
「黒星と繋がってるのよ! 本体を断たない限り──」
「チッ、面倒くせぇな!」
カイトが地を蹴る。
「なら本体ごと叩く!!」
一直線に突っ込む。だが──
「待て!」
レオンの制止は間に合わない。
“それ”が、笑ったように見えた。
次の瞬間、黒い波が床から噴き上がる。
「うおっ!?」
カイトが飲み込まれる。
「カイト!!!」
ミナの叫び。
黒は止まらない。一面に広がり、空間を侵食していく。
「下がれ! 一度距離を取る!」
レオンの指示で全員が後退する。
だが──
「……ダメ」
ルミナが呟く。顔が青ざめている。
「逃げ場が……ない」
振り返ると通路が消えていた。
黒に、完全に塞がれている。
「そんな……私たち、閉じ込められた……?」
ミナの声が震える。胸が締め付けられる。
「完全に“領域”を作られてるわね……」
リディアが歯を食いしばる。
「黒星の中にいるのと同じ……!」
ドクン。
ドクン。
キーリの脈動が強くなる。
それに合わせて、“それ”の形が安定していく。
腕が整い、脚が整い、頭部らしきものが形成される。
「……完成、する……」
ルミナの声に焦りが混じる。
キーリは黒星を見つめていた。
聞こえる。声が。いや──“音”が。
言葉ではない。けれど、意味だけが脳に直接流れ込んでくる。
──壊れろ
──満たせ
──奪え
「……違う」
キーリが呟く。
「それは……星じゃない」
胸の奥の“星”が強く輝く。
拒絶するように、脈打つ。
「星は……そんなこと言わない」
一歩、前へ。
「キーリ!?」
レオンが叫ぶ。
「やめろ! 近づくな!」
「……行かないと」
キーリは振り返らない。
「これ、放置したら……終わる」
その言葉に、全員が黙る。
理解している。あれは──ここで止めなければならない。
「……なら」
レオンが剣を構える。
「全員で道を作る」
カイトがニヤリと笑う。
「やっと本気かよ」
ミナが深く息を吸う。
「絶対、通すからね」
ルミナは静かに頷く。
「……光、最大出力で応戦する」
リディアも震えながら前を向く。
「波動、全部読む……!」
レオンが叫ぶ。
「行くぞォ!」
その瞬間、黒い存在が完全に“顔”を持った。
虚ろで深い闇のような目が開き──ぎょろりとキーリを見た。
ゾワッ。
全員の背筋が粟立つ。
「……見られてる」
ミナが呟く。
「完全に、敵認識されたわね……」
リディアの声が震える。
次の瞬間、“それ”が口を開いた。
ありえないほど裂ける。
そこから──黒い物体が放たれる。
「来るぞォ!」
レオンの叫び。
戦いが、始まった。
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