黒の胎動(第41話)
遺跡の内部は、静かすぎた。
──いや、違う。
本来なら“静寂であるはず”の空間に、得体の知れない何かが満ちている。
「……なんだよ、これ」
カイトが足を止めた瞬間、空気が変わった。
重い。湿った鉛のように、肺の奥へ沈んでくる。
息を吸うたび、喉に黒い膜が絡みつくような感覚が走る。
壁の紋様が、じわじわと黒く染まっていた。
まるで、内部から腐敗が滲み出しているかのように。
「星の波動……じゃない」
リディアの声は震えていた。
彼女の瞳が、恐怖と理解の狭間で揺れる。
「これは……歪んでる。完全に別物よ」
「黒星、か……」
レオンが剣の柄に手をかけた、その瞬間──
ドクン。
「ッ……!」
キーリの胸が強く脈打つ。
痛みではない。だが、確実に“反応”している。
まるで、奥から呼びかけられているように。
「キーリ?」
ルミナがじっと見つめる。
その視線に、キーリは息を詰まらせた。
「……いる。奥に」
低く、押し殺した声で呟く。
「“星”が……でも、違う。すごく……嫌な感じだ」
「そりゃ黒星だしな。歓迎されるもんじゃねぇよ」
カイトが軽口を叩くが、その声はわずかに硬い。
冗談で空気を軽くしようとしているのが、逆に痛々しい。
ミナがキーリの袖をそっと引く。
「ねえ……行くしかないよね?」
「ああ」
レオンが前に出る。
その背中は、黒い気配に飲まれそうになりながらも、揺るがない。
「目的は装置の停止。それ以外は後回しだ」
「了解」
全員が頷いた。
奥へ進むほどに、黒は濃くなる。
床に、壁に、空間そのものに、黒い光が“染み出して”いた。
世界が腐り、溶け、別の何かに置き換わっていくような気配。
「……気持ち悪い」
ミナが顔をしかめる。
その声には、恐怖よりも嫌悪が勝っていた。
「これ、生きてるみたい……」
「実際、生きてるに近いわ」
リディアが答える。
「黒星は“壊れた星”。つまり、未完成の生命体……」
「完成してねぇのに、こんな力かよ」
カイトが舌打ちした、そのとき──影が動いた。
「来るぞ!」
レオンの叫びと同時に、床から黒い腕が何本も突き出す。
「うわっ!?」
ミナが跳び退く。
「チッ、雑魚でもこの量かよ!」
カイトが間合いを詰め、短剣を振るう。
ザンッ!!
黒い腕が斬り裂かれる。だが──
「再生してる!?」
ミナが叫ぶ。
断面から黒がぬるりと伸び、元の形へ戻っていく。
「普通の攻撃じゃダメか!」
「任せて」
ルミナが前に出て、手をかざす。
「──光よ」
淡い光が集まり、爆ぜた。
パァン!!
黒い腕が一斉に消し飛ぶ。
「うお、効くじゃん!」
「黒星は“歪み”。だから、純粋な光には弱い」
ルミナは淡々と言うが、その目は奥を見据えていた。
「……でも、本体は別」
ドクン。
まただ。
キーリの胸が激しく脈打つ。
「ぐっ……!」
膝が崩れそうになる。
「キーリ!」
ミナが支える。
「大丈夫か!?」
「……近い」
キーリは歯を食いしばる。
「すぐそこに……いる」
通路を抜けた先──巨大な空間が広がっていた。
「……なんだ、あれ……」
カイトが呆然と呟く。
中央に、塔のような装置。
それが、心臓のように脈打っていた。
ドクン、ドクンと、黒い鼓動を響かせながら。
「星の装置……」
リディアの声が震える。
「でも、こんなの……記録にない……!」
装置の中心に“何か”が浮かんでいた。
小さな球体。
だが、見た瞬間、全員が理解した。
──あれは危険だ。
「……あれが」
レオンが低く言う。
「黒星か」
ズズッ……
空間が歪み、黒い球体が脈動する。
ドクン。
ドクン。
ドクン。
「……ッ!」
キーリが息を呑む。
星と同じ形なのに、まるで別物。
優しさの欠片もない、底なしの悪意。
「なんだよ……これ……」
カイトの声が震える。
「見てるだけで……寒気がする……」
「星は“優しい”の」
ルミナが呟く。
「触れると、満たされる」
彼女の視線が黒星に向く。
「でも、これは違う」
黒星が、もう一度脈打つ。
ドクン。
「ッ!? やばい!!」
レオンが叫ぶ。
空間が裂け、影が噴き出した。
爆発的に黒が広がり、無数の“何か”が形を持つ。
「敵、来るぞ!!」
「うわああああ!!」
ミナが悲鳴を上げる。
影が人型になり、歪な兵の群れが次々と生まれていく。
「これ全部、あの黒星からかよ!?」
カイトが叫ぶ。
「キリがねぇぞ!!」
「キーリ!」
レオンが振り返る。
「装置、止められるか!?」
キーリは黒星を見つめた。
──視線が、合った気がした。
「……ダメだ」
低く答える。
「今、近づいたら……飲まれる」
「なら──」
レオンが剣を抜く。
「道を作るしかねぇな!」
「了解!!!」
カイトが笑う。
その笑みは強がりだが、確かな覚悟があった。
「私もやる!」
ミナがナイフを構える。
「……援護する」
ルミナの手に光が集まる。
リディアは震えながらも頷いた。
「波動、読み続ける! 変化があったら伝えるわ!」
「よし──」
レオンが前に踏み出す。
「行くぞ!」
そのとき──
ドクン。
黒星が、今までで一番強く脈打った。
ピシッ。
音がした。
「……え?」
ミナが目を見開く。
黒い球体に、ゆっくりとヒビが入る。確実に。
「まさか……」
リディアの声が掠れる。
「……生まれるの?」
ヒビが広がり、内側から何かが蠢く。
キーリの中の“星”が、叫ぶ。
──止めろ、と。
「……ッ!」
キーリが剣を抜く。
光が、溢れる。
「間に合うか……!」
黒星が裂け、そして──“それ”が産まれた。
──世界が、軋んだ。
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